脳卒中後のPushing減少:その理解と治療戦略


こんにちは、Charcot(@StudyCH)です。

Pushing現象(プッシング現象)とは、脳卒中急性期によくみられる姿勢定位障害です。Pusher症候群(プッシャー症候群)と呼ばれることもあります。

患者さんの姿勢が麻痺側に傾いてしまい、介助者が正中に戻そうとしてもそれに抵抗します(非麻痺側の手や足で床や座面を押すような行動をとります)。

この記事ではPushing現象の特徴や治療介入の考え方について説明します。

どういう症例に多いか?

Pushing現象は、脳卒中患者の中でも特定の特徴を持つ症例において顕著に観察されます。初期の研究では、この現象は右脳半球の損傷を受けた患者に多く見られるとされていました。これは、右脳半球が空間認識や身体の位置感覚に大きく関与しているためです。特に、以下のような高次脳機能障害を伴う症例でPushing現象が顕著になります。

半側空間無視(Hemispatial Neglect)

半側空間無視は、患者が身体の反対側にある空間を無視する状態を指します。この障害を持つ患者は、麻痺側の空間にある物体や刺激に気づかないことが多く、その結果、麻痺側への意識が低下し、Pushing現象を引き起こす可能性が高まります。

病態失認(Anosognosia)

病態失認は、自身の障害に対する認識が欠如している状態です。この状態の患者は、自分の身体に起きている変化や障害を理解できず、それがPushing現象の原因となることがあります。

高次脳機能障害との関連性

最新の研究では、Pushing現象は半側空間無視や病態失認などの特定の高次脳機能障害と必ずしも一致しないことが示されています。つまり、Pushing現象はこれらの障害と独立して、またはそれらと合併して現れる可能性があるということです。

症例の多様性

Pushing現象は、脳卒中の種類、損傷の場所と範囲、患者の個々の身体的・認知的特性によって異なる表れ方をします。したがって、この現象が見られる症例は多岐にわたり、個別の評価が必要です。

責任病巣はどこか?

Pushing現象は、脳の特定の領域が損傷を受けたときに発生することがありますが、その正確な責任病巣はまだ完全には解明されていません。しかし、現在の研究によると、以下の脳領域が関与していると考えられています。

視床(Thalamus)

視床は、感覚情報の中継点であり、身体の感覚や姿勢感覚の処理に重要な役割を果たします。視床の損傷は、身体の位置を正しく認識する能力に影響を与え、Pushing現象の一因となり得ます。

島後部(Posterior Insula)

島皮質は、自己の身体感覚や内臓の感覚を処理する領域です。特にその後部は、身体の平衡感覚と密接に関連しており、この領域の障害はPushing現象に関連している可能性があります。

中心後回(Postcentral Gyrus)

中心後回は、主要な体性感覚野であり、触覚や圧力感覚を含む身体感覚の情報を処理します。この領域の損傷は、身体の姿勢を制御する際の感覚情報の誤解釈につながることがあります。

下前頭回(Inferior Frontal Gyrus)

下前頭回は、運動計画や運動の実行に関与しています。この領域の障害は、意図的な動作の調整を困難にし、Pushing現象に寄与する可能性があります。

中側頭回(Middle Temporal Gyrus)

中側頭回は、視覚的情報の処理に関与しており、特に動きの認識に重要です。この領域の障害は、動く物体や環境の変化に対する認識を損ない、身体の姿勢調整に影響を及ぼすことがあります。

下頭頂小葉(Inferior Parietal Lobule)

下頭頂小葉は、視覚、触覚、運動情報を統合し、身体の空間的な認識を支える領域です。この領域の損傷は、身体の位置や動きに関する情報の統合に障害をきたし、Pushing現象を引き起こす可能性があります。

頭頂葉皮質下白質(Subcortical White Matter of the Parietal Lobe)

頭頂葉の皮質下白質は、脳の異なる領域をつなぐ神経線維の通路を含んでおり、これらの通路の損傷は、感覚と運動の統合に影響を与え、Pushing現象の原因となる可能性があります。


これらの脳領域は、姿勢制御と身体の空間的な認識において相互に連携して機能しています。そのため、これらの領域のどれか一つ、または複数が損傷を受けると、姿勢定位の障害としてPushing現象が現れることがあります。今後の研究で、これらの領域の具体的な役割とPushing現象との関連性がさらに明らかにされることが期待されています。

予後はどうなる?

Pushing現象は、脳卒中患者における一時的な症状であることが多く、多くの症例では時間の経過と共に改善が見られます。しかし、この現象の予後は、患者の個々の状況やリハビリテーションの質によって大きく異なることが知られています。

症状の改善と回復期間

研究によると、Pushing現象を示す患者は、症状がない患者に比べて、一般的には入院期間が長くなる傾向にあります。これは、症状が日常生活活動(ADL)に影響を与え、独立した動作が困難になるためです。しかし、適切なリハビリテーション介入により、多くの患者は数週間から数ヶ月の間に症状の改善を見せます。

脳卒中の側半球と予後

右半球脳卒中の患者においては、左半球損傷の患者と比較して、Pushing現象の回復が遅れる傾向があります。これは、右半球が空間認識や身体の位置感覚に特に重要な役割を担っているためと考えられています。

関連する要因と長期予後

Pushing現象の長期予後は、患者の年齢、基礎疾患、脳卒中の重症度、リハビリテーションの開始時期と強度、患者のモチベーションなど、多くの要因によって影響を受けます。特に、早期からの集中的なリハビリテーションが、予後の改善に重要であるとされています。


Pushing現象の予後は、患者の個々の特性とリハビリテーションの質によって大きく左右されます。多くの患者では時間とともに改善が見られますが、一部の患者では長期にわたる影響が残る可能性もあります。そのため、早期からの適切な評価と介入が、最終的な機能回復にとって不可欠です。

評価方法

Pushing現象の評価は、リハビリテーションの計画と効果測定のために不可欠です。この現象の客観的かつ標準化された評価は、治療の方向性を定め、患者の進捗を追跡する上で重要な役割を果たします。

Clinical Assessment Scale for Contraversive Pushing (SCP)

SCPは、Pushing現象の評価のために広く使用される臨床評価尺度です。この尺度は、患者の姿勢傾向、床や壁からの押し力、および重心の移動に対する抵抗を評価するために設計されています。SCPは、以下の3つの主要な領域に焦点を当てています。
  1. 自発的な体幹の傾斜 - 患者が自発的に非麻痺側に体を傾ける程度を評価します。
  2. 押し力 - 非麻痺側の手足で押す力の強さを評価します。
  3. 重心の移動に対する抵抗 - 体を中央に戻そうとするときの患者の抵抗度を評価します。
SCPは、これらの領域ごとに点数をつけ、総合的な評価を行うことで、Pushing現象の重症度を定量的に表します。

国内で開発されたPusher重症度分類

日本では、SCPに加えて、国内で開発されたPusher重症度分類が用いられることがあります。この分類法は、SCPと同様に、患者の姿勢制御の障害の程度を評価するために使用されますが、日本の臨床現場における特有のニーズに合わせて調整されています。

評価の実施と解釈

これらの評価尺度を用いる際には、患者の安全を最優先し、適切な介助を行いながら実施する必要があります。評価結果は、リハビリテーションの目標設定や治療計画の策定、介入の効果測定に直接的に利用されます。また、評価は定期的に行われ、患者の進捗に応じてリハビリテーションプログラムを調整するための重要な情報を提供します。


Pushing現象の評価方法は、患者のリハビリテーションプロセスにおいて中心的な役割を果たします。SCPや国内で開発された重症度分類などの尺度を用いることで、患者の状態を正確に把握し、最適な治療アプローチを選択するための基盤を築くことができます。

治療介入の考え方

Pushing現象は、脳卒中患者のバランスと姿勢制御に影響を与えるため、リハビリテーションにおいて特別な介入が必要です。治療の目的は、患者が安全に自立して立つことができるように、姿勢の傾斜を減少させ、バランス能力を向上させることです。

姿勢とバランスの評価

リハビリテーションの第一歩は、患者の姿勢とバランスの能力を詳細に評価することです。これには、立位や歩行時の姿勢の安定性、重心の制御、および身体の各部位の動きを含みます。

視覚的フィードバックの活用

視覚情報は、姿勢制御において重要な役割を果たします。多くの患者は視覚的フィードバックを用いることで、自分の姿勢の傾斜を認識し、修正することができます。姿勢矯正鏡やビデオフィードバックを使用して、患者が自身の姿勢を視覚的に確認し、正しい姿勢を学習することが効果的です。

感覚統合と多感覚フィードバック

感覚統合トレーニングは、視覚、触覚、前庭感覚(平衡感覚)を統合し、患者が自分の身体の位置をより正確に感じ取ることを目的としています。バランスパッド、フォームローラー、スイスボールなどの器具を使用して、様々な感覚入力に対する反応を改善します。

タスク指向アプローチ

タスク指向アプローチは、実際の日常生活で行う動作やタスクを通じて、姿勢制御とバランスを改善することを目指します。患者に特定の動作やタスクを繰り返し行わせ、その中でバランスと姿勢を調整する能力を養います。

環境の調整と安全性の確保

リハビリテーション環境を患者にとって安全かつ刺激的に設計することで、介入の効果を高めます。滑りにくい床、手すり、安全ベルトなどを使用して、患者が安心してトレーニングに取り組めるようにします。


現時点で、どういうメカニズムでPushing現象(プッシング現象)が生じているのかはっきりと分かっていないため、効果的な治療法もまだ分かっていないようです。しかし、視覚による垂直判断は比較的保たれていることが多いため、視覚を利用させて姿勢の垂直判断と視覚によるそれが乖離していることを理解させることが推奨されています。この場合、言語的にいくら声かけをしても理解されないことが多いため、姿勢矯正鏡などを使って何か目安になる軸(鏡の枠など)と姿勢との軸のずれを認識させていく必要があります。

まとめ

急性期脳卒中患者で広範な領域を障害された方はpushing現象(プッシング現象)が出現することが多い印象です。また、意識障害も併発しているためなかなか介入が思うように進まないことも少なくありません。

予後が良好とはいえ、pushingがみられると急性期初期から機能や能力を向上させるための効率的な介入ができなくなることは問題です。効率的な根拠のある介入方法の確立が求められます。

ちなみにpushing現象とは別に、脳幹由来で生じる姿勢定位障害にlateropulsionがあります。詳しくは「Lateropulsionの記事」を参照して下さい。

それでは皆さまの学習がよりいっそう充実することを願って。

Charcot(@StudyCH)でした。All the best。