脳卒中後のLateropulsion:その理解と治療戦略


こんにちは、Charcot(@StudyCH)です。

Lateropulsion(ラテロパルジョン)は、脳卒中の急性期に頻繁に見られる姿勢定位障害の一つで、pushing現象と並んで注目されます。

この状態では、患者さんの姿勢が一方向に傾くことが特徴です。しかし、同じく姿勢定位障害であるpushing現象とは異なり、患者さんは介助者が体を正中線に戻そうとする際に抵抗することは通常ありません。

本記事では、Lateropulsion(ラテロパルジョン)の特徴と、その治療介入における考え方について詳しく説明します。

どういう症例に多いか?

Lateropulsion(ラテロパルジョン)は、脳の特定の領域が損傷を受けた際に観察される症状です。この状態は、特に脳卒中患者において顕著に見られますが、その中でも脳幹部、特に延髄が影響を受けた場合に多く発生します。延髄は、私たちの身体の平衡感覚や姿勢制御に重要な役割を果たしており、この領域の梗塞や出血は、患者の姿勢バランスに直接影響を及ぼします。

脳幹梗塞や出血は、脳の中でも特に重要な機能を担う部位に障害を与えるため、Lateropulsionの発生につながりやすいのです。例えば、延髄外側症候群(ワレンベルグ症候群)という特定の脳幹の障害は、Lateropulsionを引き起こす典型的な例です(図1)。この症候群は、脳幹の血管が詰まることによって起こり、感覚の喪失、嚥下困難、眼の動きの障害、そして姿勢の偏りといった一連の症状を引き起こします。

また、脳卒中の他のタイプ、特に小脳や前庭系に影響を及ぼすものも、Lateropulsionの原因となり得ます。小脳は運動の調整を司り、前庭系は内耳に位置し、身体の平衡を保つための情報を脳に送信します。これらの領域の障害は、身体の一側への傾斜やバランスの取り難さといったLateropulsionの症状を引き起こす可能性があります。

このように、Lateropulsionは脳卒中による脳幹部の障害が原因で発生することが多く、特に延髄外側症候群などの特定の症候群に関連しています。これらの知見は、脳卒中の診断と治療において重要な意味を持ち、適切なリハビリテーションのアプローチを決定する上での重要な指標となります。

※左カラムの図と対比させるため右カラムの画像は上下反転してあります。


責任病巣はどこか?

Lateropulsion(ラテロパルジョン)を引き起こす「責任病巣」とは、脳内で障害が発生している特定の領域を指します。この症状は、脳の姿勢と平衡を制御する神経経路に損傷がある場合に生じます。具体的には、脳幹と小脳をつなぐ脊髄小脳路(spinocerebellar tract)や、内耳から脳幹へと情報を伝える前庭脊髄路(vestibulospinal tract)が関与しています。

これらの神経経路は、身体のバランスを取るために重要な役割を果たしており、特に以下のような機能を担っています:

  • 脊髄小脳路:身体の位置や動きに関する情報を小脳に伝え、運動の調整と精密な動作を可能にします。
  • 前庭脊髄路:内耳の前庭器官からの情報を基にして、身体の姿勢を安定させるための筋肉への指令を調整します。
これらの経路のどちらか、または両方に障害が生じると、身体の一側に対する重力の感覚が歪み、患者は自分が傾いていると感じることがあります。これが、Lateropulsionの特徴的な姿勢の傾斜へとつながります。

さらに、Lateropulsionは他の症状と共に現れることがあり、それによって責任病巣を特定する手がかりになります (Eggers C et al., Eur. J. Neurol. 2009)。例えば、眼振(目の不随意な動き)を伴う場合は前庭神経下核が関与している可能性があり、感覚解離(身体の一部の感覚が正常に機能しない状態)を伴う場合は脊髄視床路(spinothalamic tract)に障害があることを示唆しています。また、運動失調(協調運動の障害)を伴う場合は、脊髄小脳路の損傷が疑われます。

これらの知見は、神経学的評価において重要であり、MRIなどの画像診断を通じて、これらの経路に損傷があるかどうかを確認することができます。正確な責任病巣の特定は、効果的なリハビリテーション計画を立てるために不可欠です。

予後はどうなる?

Lateropulsion(ラテロパルジョン)は、脳卒中後の患者に見られる症状であり、その予後は患者の個々の状態や損傷の程度、治療の開始時期、およびリハビリテーションの質によって大きく異なります。一般的に、早期に適切な治療が開始された場合、多くの患者は時間とともに改善を見せます。

脳卒中の急性期におけるLateropulsionの出現は、患者の日常生活への復帰に影響を与える可能性がありますが、多くの場合、回復期には徐々に減少または消失します。予後の良好な指標としては、患者が自発的な動きを取り戻し始め、姿勢の制御が徐々に改善することが挙げられます。

しかし、一部の患者では、長期にわたって症状が持続することがあります。特に、広範囲の脳損傷を受けた患者や、治療の開始が遅れた場合、完全な回復が難しいことがあります。このような場合、患者は長期的なリハビリテーションや支援を必要とすることがあります。

学術的な研究によると、Lateropulsionの予後は、損傷のある脳の領域だけでなく、患者の年齢、基礎となる健康状態、および社会的支援のシステムの有無にも影響されることが示されています。また、早期介入、個別化されたリハビリテーションプログラム、および多職種間の協力が予後を改善する重要な要素であると考えられています。

最終的に、Lateropulsionの予後を評価する際には、患者一人ひとりのニーズに合わせたアプローチが必要です。これには、定期的な評価と治療計画の調整が含まれ、患者の生活の質の向上を最終的な目標としています。

評価方法

Lateropulsion(ラテロパルジョン)の評価は、患者の姿勢制御と平衡感覚の障害の程度を定量的に把握するために重要です。評価方法には、臨床的な観察から定量的な測定まで、複数のアプローチが存在します。

臨床的観察:

最も基本的な評価方法は、患者の立位や座位での姿勢の傾斜、歩行時の偏向など、日常的な動作中におけるラテロパルジョンの兆候を観察することです。これには、患者が自分の体をどのように感じ、どのように反応するかを評価することも含まれます。

自覚的視性垂直位(Subjective Visual Vertical, SVV):

SVVは、患者が視覚的に垂直と感じるラインを識別する能力を測定するテストです。このテストでは、患者に特殊な装置を使用して、視覚的に垂直な線を設定させます。ラテロパルジョンを持つ患者は、しばしばこの線を実際の垂直線から逸脱させる傾向があります (Dieterich et al., 1992)。SVVの偏差は、前庭系の障害の程度を反映し、ラテロパルジョンの重症度を示す指標となります。

機能的評価:

機能的な評価は、患者が日常生活においてどの程度自立して活動できるかを測定します。これには、バランステスト、立ち上がりテスト、歩行分析などが含まれます。これらのテストは、ラテロパルジョンが患者の機能にどのように影響しているかを理解するのに役立ちます。

これらの評価方法を組み合わせることで、ラテロパルジョンの影響を総合的に理解し、個々の患者に最適なリハビリテーション計画を立案することができます。評価は定期的に行われ、治療の効果をモニタリングし、必要に応じて介入を調整するための基盤となります。

治療介入の考え方

明確な治療の方法論は確立されていません。おそらく、姿勢制御に関わる機能の中で、lateropulsion によって障害されていない機能で代償的なアプローチを行うことが有効だと考えられます。いずれにせよ、Lateropulsion(ラテロパルジョン)の治療介入は、患者の個別の症状とニーズに合わせてカスタマイズされるべきです。治療の主な目的は、患者が安全に日常生活を送れるように、姿勢とバランスの制御を改善することです。以下に、治療介入の主要な考え方を示します。

多職種協働アプローチ:

効果的な治療計画には、医師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士など、様々な専門家の協力が必要です。これにより、患者の身体的、認知的、感情的な側面すべてに対応することができます。

個別化されたリハビリテーション:

患者一人ひとりの症状の重さ、身体の状態、生活環境に合わせたリハビリテーションプログラムを計画します。これには、特定の運動療法、姿勢制御トレーニング、バランス練習などが含まれます。

感覚再教育:

患者が正しい姿勢感覚を取り戻すために、視覚的、触覚的フィードバックを用いたトレーニングが行われます。これにより、患者は自身の体の位置をより正確に感じ取ることができるようになります。

環境調整:

患者の家庭や職場などの環境を調整し、安全かつ自立した生活を支援します。これには、手すりの設置や滑り止めマットの使用などが含まれます。

教育とサポート:

患者とその家族に対して、症状の管理方法、リハビリテーションの重要性、日常生活での安全対策について教育します。また、患者が社会的に孤立しないようにサポート体制を整えます。

継続的な評価と調整:

治療の効果を定期的に評価し、必要に応じてリハビリテーションプログラムを調整します。これにより、患者の進歩に合わせて最適な介入が提供されます。

Lateropulsion はその障害領域から姿勢に関与する前庭機能障害が生じていると推測できます。また、SVVが障害されているので視覚的な判断に頼るのも困難でしょう。従って、姿勢に関与する固有感覚受容や体性感覚を利用することが選択肢の一つだと思います。

治療介入は、科学的根拠に基づいた最新の研究を参考にしながら、患者の生活の質を最大限に高めることを目指すべきです。また、患者が治療プロセスに積極的に参加し、自己管理能力を高めることが、長期的な成功には不可欠です。

まとめ

Lateropulsion (ラテロパルジョン) は、pushing 現象ほど頻回ではありませんが、急性期脳卒中のリハビリテーションを担当していると対応することの多い障害の一つです (Pushing現象については「Pushing現象の特徴とリハビリテーション」を参照して下さい)。

Lateropulsionは、身体の平衡感覚が歪んでいることによる受動的な傾斜が特徴で、延髄や脳幹の損傷によって引き起こされることが多く、内耳からの情報処理の障害が関係しています。一方、Pushing現象は、患者が積極的に健側に体重を移動させようとし、大脳半球の損傷、特に体性感覚の処理が関与する領域の障害によって生じます。

治療アプローチもこれらの違いに基づいて異なります。Lateropulsionの場合は、平衡感覚を再教育することが重点となりますが、Pushing現象の場合は、体の位置感覚を正しく認識するためのトレーニングが中心となります。

Lateropulsionは予後が良好なので問題視されていない側面もあると思いますが、早急にこの症状が軽減すると、その後のリハビリテーション介入がスムースに進むと考えられます。

それでは皆さんの学習がより進むことを願って。

Charcot(@StudyCH)でした。All the best。