失語症と脳の部位:言葉の中枢は2つだけなのか

失語症と脳の部位:言葉の中枢は2つだけなのか

パリの病院に、「タン」としか言えなくなった男性がいました。1861年に男性が亡くなると、外科医のBroca(ブローカ)は、その脳の左の前頭葉の表面に病変を見つけ、ここが話す力にかかわる場所だと考えました。教科書にある「話す中枢」の説明は、この観察が出発点の一つです。Brocaは、この脳を切らずに保存しました。150年近くたってMRIで撮影すると、病変は表面だけでなく、脳の奥まで広がっていました(Dronkersら 2007)。

いまも、カルテにはこの考え方が残っています。ある患者さんが、左の脳梗塞で入院しました。カルテには、「ブローカ失語。理解は比較的保たれている」とあります。話しかけるとうなずき、「はい」と答えます。言葉には「話す中枢」と「理解する中枢」があり、この人は話す中枢だけが壊れた、という書き方です。では、立ち上がりの練習の手順を言葉で説明すれば、伝わるのでしょうか。

失語症と脳の部位の要点

  • 定義:失語症は、脳の損傷で起きる言葉そのものの障害。話す、聞いて理解する、読む、書くの一部またはすべてが難しくなる。脳卒中のあと約3分の1の人に起きる。構音障害は、口や舌などがうまく動かないために起きる発音だけの障害で、言葉そのものは保たれる
  • 型:話し方がなめらかか、聞いて理解できるか、言われた言葉をくり返せるかの組み合わせで、型を分ける。19世紀の、中枢と経路の図式がもとになっている
  • 脳の部位:ブローカ失語は左の前頭葉、ウェルニッケ失語は左の側頭葉の後ろの損傷で起きやすい。ただし、ブローカ野とその周りだけの梗塞では、目立った言語の障害は長く残らなかったという報告がある。言葉には、脳の広い範囲のつながりが関わっていると考えられている
  • 型の限界:「理解は比較的保たれる」は、話すことと比べた評価である。ブローカ失語でも、文法で意味が決まる文を取り違えることがある
  • 回復:回復の多くは最初の数か月に起き、型が変わるときは、前より軽い型へ移る。6か月を過ぎても小さな改善が続くという報告もある
  • リハビリテーション:言語聴覚士が行う言語聴覚療法は、療法なしと比べて日常のやりとりを改善したが、効果は小さめだった
  • 話し方の工夫:短い文で話す、大事な言葉を書いて見せる、身ぶりでも伝えてもらうといった工夫が勧められている。「はい」という返事だけでは、理解したかどうかは判断できない

失語症とは

失語症は、脳の損傷で起きる言葉そのものの障害です。話す、聞いて理解する、読む、書くのすべて、または一部が難しくなります。脳卒中になった人の約3分の1に起きます(Bradyら 2016)。

話せない原因は、失語症だけではありません。構音障害は、口や舌などの筋がうまく動かないために起きる発音の障害です。構音障害は発音だけの障害で、言葉そのものは保たれます(米国言語聴覚協会 n.d.-b)。発語失行は、発音のための動きをうまく組み立てられない障害です。失語症と一緒に起きることがよくあります(米国言語聴覚協会 n.d.-c)。また、失語症があるからといって、考える力も落ちているとは限りません(米国言語聴覚協会 n.d.-a)。認知機能を調べるMMSEのように、言葉で答える検査では、失語症があると、考える力が落ちていなくても点数が下がることがあります。

多くの人では、言葉は脳の左半分が主に担っています。Knecht(クネヒト)らは、健康な326人を調べました。言葉を主に右半分で担っている人は、強い右利きの人で4%、強い左利きの人でも27%でした(Knechtら 2000)。左利きの人でも、多くは左半分が言葉を担っています。

失語症の型

失語症の型は、話し方がなめらかか、聞いて理解できるか、言われた言葉をくり返せるかの組み合わせで分けます(表1)。この分け方のもとは、19世紀の図式です。言葉の中枢をいくつか考え、そのあいだを経路でつないだ図式です。

型発話・理解・復唱
ブローカ失語非流暢、理解は比較的よい、復唱は障害される
超皮質性運動失語非流暢、理解は比較的よい、復唱はよい
全失語非流暢、理解も復唱も重く障害される
混合型超皮質性失語非流暢、理解は障害される、復唱はよい
ウェルニッケ失語流暢、理解も復唱も障害される
超皮質性感覚失語流暢、理解は障害される、復唱はよい
伝導失語流暢、理解は比較的よい、復唱が目立って障害される
失名詞失語流暢、理解も復唱もよい、物の名前が出にくい

表1 古典的な失語症の型(Sunら n.d.の表に、Pedersenら 2004が用いた分類にある混合型超皮質性失語を加えて作成)。流暢・非流暢は発話のなめらかさ、理解は話し言葉を聴いて理解する力、復唱は言われた言葉をくり返す力を指す。超皮質性の型は、復唱が保たれる

図式の出発点の一つは、Brocaが1861年に報告した男性、Leborgne(ルボルニュ)の脳です。Brocaは同じ年に、もう1人の患者Lelong(ルロン)の脳も調べました(Domanski 2013、Dronkersら 2007)。そして1865年、話す力の中枢は左の前頭葉にあると主張します。場所は、前頭葉の一部の第3前頭回です(Berkerら 1986)。その後ろの部分が、のちにブローカ野と呼ばれる場所です。

1874年、ドイツのWernicke(ウェルニッケ)は、聞いた言葉を理解できなくなる障害を報告しました。関わっていたのは、左の側頭葉の後ろの部分です。のちのウェルニッケ野です(Graves 1997、Ahmadら 2024)。Wernickeは、理解の中枢と話す中枢のつながりが切れると、別の型の失語が起きると考え、伝導失語と名づけました(Ardila 2010)。1885年には、Lichtheim(リヒトハイム)が、言葉の意味を扱う中枢も加えた図式をつくります(Eling 2011)。この図式では、中枢をつなぐ経路のどこが傷つくかで、まだ見つかっていない型まで予測できました(Graves 1997)。

型を調べる評価は、言語聴覚士が標準失語症検査(日本高次脳機能障害学会 2003)や、WAB失語症検査の日本語版(WAB失語症検査(日本語版)作製委員会 1986)などで行います。

失語症と脳の部位

失語症の型と損傷の場所には、おおよその対応があります。ブローカ失語は左の前頭葉のブローカ野とその周り、ウェルニッケ失語は左の側頭葉の後ろの損傷で起きやすいと考えられてきました。伝導失語は、側頭葉と前頭葉の言葉の領域のつながりが切れて起きると説明されてきました(Ardila 2010)。ただし、言葉には、2つの中枢だけでなく、脳の広い範囲のつながりが関わっていると考えられています。ブローカ野とその周りだけの梗塞では、目立った言語の障害は長く残らないと報告されています。

ブローカ野だけなら、失語は長く残りにくい

単純な図式は、早くから疑われていました。1906年には、フランスのMarie(マリー)が、左の第3前頭回は言葉に特別な役割をもたないと主張しています(Tsapkiniら 2007)。1978年、Mohr(モーア)らは、自分たちが診た20人と、過去の記録や報告をもとに調べました。梗塞がブローカ野とそのすぐ周りだけの人は、はじめは話せなくなります。しかし、話し方は急速によくなり、目立った言語の障害は残らないと、Mohrらは結論しています。ブローカ失語が長く続いたのは、その奥や周りまで広く壊れた人でした(Mohrら 1978)。

Brocaの患者Leborgneは、長いあいだほとんど話せないままでした(Mohrら 1978)。Mohrらの結論が正しいなら、Leborgneの病変はブローカ野より広かったはずです。Brocaは脳を切って中を調べなかったので、見ていたのは主に脳の表面でした(Gajardo-Vidalら 2021)。2007年、Dronkers(ドロンカーズ)らは、保存されていたLeborgneとLelongの脳をMRIで撮影した結果を報告しました。2人の病変は、脳の中心に近い深い部分にまで大きく及んでいました。Dronkersらは、Brocaが最初に示した場所と、いまのブローカ野は一致しないことも指摘しています(Dronkersら 2007)。

いまの患者さんでも、同じ傾向が見られます。Gajardo-Vidal(ガハルド・ビダル)らは、左の前頭葉の脳卒中の134人を調べました。左の前頭葉の脳卒中では、長く残る話しにくさに、ブローカ野は関わっていませんでした。関わっていたのは、脳の奥の、神経の線維が通る部分の損傷でした(Gajardo-Vidalら 2021)。

言葉の理解には、別の場所も関わっていた

2003年、新しい調べ方が登場しました。脳を細かく区切り、どこが壊れるとどんな症状が出るかを調べる方法です(Batesら 2003)。Dronkersらはこの方法で、脳卒中の64人に、聞いた文に合う絵を選ぶ検査を行いました。聞いた文を理解する検査の成績と関係していたのは、ブローカ野でもウェルニッケ野でもなく、中側頭回の後ろの部分など、別の場所でした(Dronkersら 2004)。

言葉には2つの経路があると考えられている

Dronkersらの研究などとともに、言葉には2つの経路があるという考え方が広まりました。聞いた言葉を意味につなげる「腹側の経路」と、聞いた音を口の動きにつなげる「背側の経路」です(HickokとPoeppel 2007、図1)。脳の働きと神経線維の向きを画像で調べた研究でも、この考え方に合う結果が出ています。聞いた音をそのままくり返すときは、背側の経路が使われていました。文の意味を理解するときは、腹側の経路が使われていました(Saurら 2008)。脳卒中の患者さんでも、発音の障害は背側の経路の損傷と、理解の障害は腹側の経路の損傷と、より強く関係していました。ただし、多くの検査では、2つの経路の両方が使われていました。物の名前を言う、くり返す、文法を使う、といった検査です(Fridrikssonら 2018)。

左大脳半球を横から見た模式図。側頭葉の後部から頭頂葉を通って前頭葉へ向かう背側の経路と、側頭葉から前方へ向かい前頭葉に至る腹側の経路

図1 言語に関わる背側と腹側の経路(HickokとPoeppel 2007、Saurら 2008をもとにした模式図)。経路の位置はおおよそを示したもの。腹側の経路の前頭葉への連絡はSaurら 2008による。HickokとPoeppel 2007では、腹側の経路は左右両側にあるとされる

伝導失語の説明も見直されています。これまでは、1本の神経線維の束が切れて起きると説明されてきました。Catani(カターニ)らは、健康な男性11人の脳を画像で調べました。すると、健康な人の画像で、1本の束のほかに、回り道になる経路も見つかりました。著者らは、これが伝導失語の症状のさまざまさの説明に役立つと考えました(Cataniら 2005)。

また、Hillis(ヒリス)らは、発症まもない脳卒中の人を調べました。脳の奥だけに病変がある人のうち、失語症のある人は、みな表面の脳の血流が落ちていました。治療で血流が戻った6人では、6人とも失語症がすぐに消えています(Hillisら 2002)。人数は少ないものの、失語症に表面の脳の働きの低下が関わっている可能性を示す結果です。

失語症の型の限界

失語症の型は症状のおおまかな組み合わせで、一人ひとりがどんな言葉を理解できるかまでは示しません。カルテの「理解は比較的保たれている」は、19世紀の図式どおりの書き方です。図式に従えば、話す中枢が壊れても、理解の中枢は残るからです。しかし、これは話すことと比べた評価で、ブローカ失語の人も、文法で意味が決まる文を取り違えることがあります。

2つの文を比べます。「猫を犬が追いかけた」と「猫が犬に追いかけられた」です。どちらも、猫と犬と「追いかける」という言葉からできています。だれが追いかけたのかは、語順や「を」「が」「に」、動詞の形でしか決まりません。Berndt(バーント)らは、話すときに文法がくずれる失語症の人の研究をまとめました。こうした文法で意味が決まる文の理解の成績は、人によってさまざまでした(Berndtら 1996)。文法で意味が決まる文の理解が難しいのは、ブローカ失語だけではありません(Dickら 2001)。うなずいて「はい」と答えていても、長い説明は伝わっていないことがあります。

発症したばかりの時期には、型に当てはめにくい人も多くいます。Godefroy(ゴドフロワ)らが調べると、発症したばかりの時期には、失語症の半分が、全失語か、どの型にも当てはまらない失語でした(Godefroyら 2002)。

失語症の回復の経過

失語症の回復の多くは最初の数か月に起き、型が変わるときは前より軽い型へ移ります。脳卒中の881人の研究では、失語症の人の割合は、入院時の38%から退院時には18%に減りました。この減少には、入院中に亡くなった人の分も含まれえます。ほとんどの人では、はじめの失語症が軽ければ2週間以内に、中くらいなら6週間以内に、重ければ10週間以内に、言葉の働きが落ち着きました。どこまで回復するかの目安になったのは、失語症の初期の重症度でした(Pedersenら 1995)。ただ、800人前後から1,000人あまりのデータをまとめた研究もあります。6か月を過ぎても、小さな改善が続いていました(RELEASE Collaborators 2021)。

Pedersen(ペダーセン)らは、デンマークで失語症の人を1年間追跡しました。はじめに最も多かったのは全失語でしたが、1年後には大きく減りました。代わりに、物の名前が出にくい失名詞失語が最も多くなりました(図2)。型が変わるときは、必ず、前より軽い型へ移っていました(Pedersenら 2004)。

脳卒中のあとの失語症の型の割合を、急性期と1年後で比べた横棒の図。全失語32%から7%、失名詞失語25%から29%、ウェルニッケ失語16%から5%、ブローカ失語12%から13%

図2 失語症のある脳卒中の患者さんに占める各型の割合:急性期と1年後(Pedersenら 2004をもとに作成)。急性期の値は初発の脳卒中の患者さんのもの。1年後の値は、8つの型を合わせて61%である。ブローカ失語から失名詞失語へ移った人もいるため、割合がほぼ同じ型でも、同じ人がその型にとどまったとは限らない

失語症のリハビリテーション

言語聴覚士が行う言語聴覚療法は、受けなかった場合より日常のやりとりをよくしますが、その効果は小さめです。Brady(ブレイディ)らは、多くの試験をまとめました。療法を受けた人のほうが、受けなかった人より、日常の会話などのやりとりがよくなっていました。ただし、その効果は小さめでした(Bradyら 2016)。

どれくらい行えばよいかについては、表2の研究があります。合計20時間を超え、50時間までの療法で、改善が最も大きかったという解析があります。ただし、傾向を探るための解析です(RELEASE Collaborators 2022)。一方、Godecke(ゴデッケ)らは、発症から14日以内に集中して始める療法を調べました。12週後の失語症の検査では、通常のケアより回復が大きくなりませんでした(Godeckeら 2021)。早く、たくさん始めればよいわけではありません。

研究対象とわかったこと
Breitensteinら 2017発症から6か月以上たった70歳以下の158人。週10時間以上の療法を3週間以上受けたグループは、療法を3週間あとに始めたグループより、日常の会話がよくなった
RELEASE Collaborators 202225の試験の959人のデータの解析。合計20時間を超え50時間までの療法で、改善が最も大きかった
Bradyら 2025欧州脳卒中機構の指針。合計20時間以上の療法を勧める。ただし根拠は弱いとしている
Godeckeら 2021発症まもない246人。14日以内に集中して始めても、12週後の回復は通常のケアより大きくならなかった

表2 言語聴覚療法の量と始める時期を調べた研究(各文献をもとに作成)

失語症のある人との話し方

話し相手が話し方の工夫を学ぶと、失語症のある人とのやりとりがよくなったという研究があります。Kagan(ケイガン)らは、失語症のある人と話すコツをボランティアに教えました。コツを学んだ人は、学ばなかった人より、相手の力を引き出すのが上手になりました。失語症のある人の側でも、やりとりする力の評価が上がりました。失語症のある人自身は、訓練を受けていません(Kaganら 2001)。多くの研究をまとめたSimmons-Mackie(シモンズ・マッキー)らも、こうした訓練を勧めています。対象は、発症から長くたった慢性期の失語症のある人の話し相手です(Simmons-Mackieら 2016)。

米国国立聾・コミュニケーション障害研究所は、家族などに向けて、次のような工夫を勧めています(米国国立聾・コミュニケーション障害研究所 2025)。

  • 短く、簡単な文で話す
  • 大事な言葉は、くり返したり、書いて見せたりする
  • 話し言葉だけでなく、身ぶりや指さし、絵でも伝えてもらう
  • 言い間違いを直さず、話す時間を十分にとる

ただし、失語症では読む力も落ちることがあるため、書いた言葉が伝わるとは限りません。また、文法で意味が決まる文の理解が難しいことは、すでに見たとおりです。うなずいて「はい」と答えても、それだけで伝わったとは判断できません。立ち上がりの手順を、言葉だけで詳しく説明しても、伝わるとは限りません。

まとめ

失語症の型の分け方は、中枢どうしを経路で結ぶ、19世紀の図式から生まれました。しかし、Brocaが見たのは主に脳の表面でした。その後、保存された脳をMRIで撮り、脳を細かく区切って症状と比べ、神経線維の通り道を画像で追えるようになりました。そこから、Brocaの患者の病変が奥まで広がっていたこと、理解も1か所では決まらないことがわかってきました。型が変わるときは軽い型へ移り、言語聴覚療法の効果は小さめながら認められています。

型の名前から、壊れた場所をおおよそ推測することはできます。しかし、型の名前からは、どんな言葉なら伝わるのかまではわかりません。カルテに「理解は比較的保たれている」とあっても、言葉だけの説明で伝わるとは限らないのです。

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