脳卒中患者への課題特異的トレーニング:歩行能力へ及ぼす影響


 課題特異的トレーニング task-specific training とは学習理論に基づいたリハビリテーションアプローチの方法論です。近年,神経科学の研究によって,このようなトレーニングを行うと中枢神経系に可塑的な変化が起こることが分かってきました。また,課題特異的トレーニングの一つであるCI療法が脳卒中患者に対して有効であるとのエビデンスが蓄積されてきたこともあり,このトレーニング方法は脳卒中リハビリテーションのスタンダードになりつつあります。この記事では,課題特異的トレーニングが歩行能力へ及ぼす影響についてまとめます。

課題特異的トレーニングとは?

 課題特異的トレーニング task-specific training は,課題志向性トレーニング task-oriented training と呼ばれることもあります。また,同じようなものに反復トレーニング repetition task training もあります。それぞれが厳密に言えば異なるトレーニング方法なのでしょうが,いずれのトレーニングにも共通するのはある課題を反復してトレーニングすることで特定の動作を修得することです。

 こういった運動を多角的かつ持続的に行うことで中枢神経系に可塑的な変化を起こすことが人や動物を対象にした研究によって数多く報告されています (Cohen et al. 1996; Elbert et al. 1995; Karni et al. 1995; Nudo et al. 1996; Pascual- Leone et al. 1994, 1995; Schlaug et al. 1994)。さらに,Classen ら (1998) は,短期間の課題特異的トレーニングが使用エリアに対応する大脳皮質の永続的な再構成を生み出すことを経頭蓋磁気刺激を用いた研究により明らかにしました。これらの結果は,短期的にしろ長期的にしろ課題特異的トレーニングが中枢神経系の可塑的変化を引き起こすことを示しています。

 ただし,これらの研究は脳卒中患者を対象としたものではありません。課題特異的トレーニングは脳卒中患者の歩行能力を実際に改善するのでしょうか。

課題特異的トレーニングで歩行能力が改善するか

 Salbachら(2004)は,脳卒中患者さん (90症例) を歩行能力 (下肢を強化,歩行バランス,スピード,距離) を改善するようデザインされた下肢の課題特異的トレーニングを行う群と,上肢の活動をさせる群とに分けて,比較しました。すると,課題特異的トレーニングを行った群では,多くの歩行パラメータで有意な改善を示したそうです。また,Frenchら(2007) は,コクランレビューにおいて積極的な課題特異的トレーニングによって,立ち座りのパフォ ーマンスや歩行距離と歩行速度が改善することを示しています。

課題特異的?トレッドミルトレーニングの効果

 歩行の課題特異的トレーニングとしてトレッドミル歩行を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。最近,コクランレビューで脳卒中患者に対するトレッドミルを用いた歩行練習の効果が,体重免荷 (body weight support, BMS) の有無も包括して調べられました (Mehrholz et al., Cochrance Database Syst Rev. 2014)。このレビューでは44試験を集め,それらの結果をメタアナリシスしています。その結果,残念ながらトレッドミルを用いた歩行練習は,他の介入方法と比べて歩行自立度を有意に改善させないと結論づけられました。

コメント

 課題特異的トレーニングは神経可塑性を促し,早期の歩行獲得に有用であることが期待されます。一方で,歩行における課題特異型トレーニングだと考えられてきたトレッドミル歩行練習が他の介入方法と比べて有用ではないことが示されています。確かにトレッドミルは反復的な歩行練習を行いやすいというメリットがありますが,一方で実際の歩行環境と異なります。また,課題特異的トレーニングでは課題の難易度を調節して成功しやすい (言い換えれば少しだけ失敗する) 課題を設定することが重要だと言われていますが,トレッドミルではこの点の調節が難しいと思います。歩行における課題特異的トレーニングを発展させるためには,新しい考え方で,新しい手法を生み出す必要があるのかもしれません。