脳卒中患者に対する短下肢装具着用の効果


 短下肢装具 (ankle-foot orthosis, AFO) は,脳卒中患者の歩行を補助するために用いられます。脳卒中患者に対して臨床で適用される例が多く,臨床で働かれている方であれば歩行改善に効果があるという実感があるのではないでしょうか。では,実際にAFOが脳卒中患者の歩行に及ぼす効果はどの程度あきらかになっているのでしょうか。この記事では,脳卒中患者に対するAFO適用の効果についてまとめたいと思います。

歩行やバランス能力に及ぼす影響

 脳卒中患者へ短下肢装具 (AFO) を着用させた際の歩行やバランス能力への効果を検証した報告は数多くあります。2013年に,これらの報告をまとめた系統的文献レビューが英サルフォード大学のTysonらによって行われました (Tyson et al., Arch Phys Med Rehabil. 2013)。その結果を以下にまとめました。

統計的に有意な改善効果が認められた能力

  • 日常生活における歩行能力 (functional ambulation categories) 
  • 歩行能力 (歩行スピードや歩幅・重複歩距離)
  • バランス能力 (立位での重心分布) 

統計的に有意な改善効果が認められなかった能力

  • 移動時間評価 (timed stair climbやTimed Up and Go test) 
  • 一部のバランス能力 (postual sway) 
※統計的に有意ではなかったが改善の傾向はみられた
 AFO に焦点を当てた研究はもう少し多いかと思っていたのですが,このレビューで採用された論文はたった13試験 (計334症例) でした。選ばれた文献の対象者には,脳卒中の慢性期と亜急性期が混在していました。また,全ての文献がクロスオーバー法を用いたランダム化比較試験であり,AFO 適用の短期的な効果を検証するものでした。したがって,現状でわかっていることは,「亜急性期や慢性期の脳卒中患者さんに対するAFO の適用には歩行やバランス能力を改善する短期的な効果がある」ということになります。

歩行バイオメカニクスに及ぼす影響

 AFO適用時の歩行バイオメカニクスをアウトカムにした研究を集めた系統的文献レビューもまた2013年に英サルフォード大学のTysonらによって行われました (Tyson et al., Clin Rehabil. 2013) 。このレビューによると,AFOは足関節や膝関節の運動に有益な効果をもたらすそうです。具体的な結果を以下に示します。

足関節の運動

  • 7つの研究 (106症例) では,AFOを適用するとinitial foot contact / heel strikeの背屈角度が増加
  • 7つの研究 (98症例) では,AFOを適用すると立脚相のpeak ankle dorsiflexionが増加
  • 8つの研究 (122症例) では,AFO 適用により遊脚相のpeak ankle dorsiflexionが増加
  • 2つの研究 (41症例) では,toe-off時にpeak ankle dorsiflexionが増加

膝関節の運動

  • 4つの研究 (61症例) では,AFO適用によりinitial contactのknee flexionが増加
  • 5つの研究 (78症例) では,AFO適用によりloading responseのpeak knee flexionが増加
  • 5つの研究 (83症例) では,AFO適用により立脚相のpeak knee flexionが増加したが,遊脚相のピーク膝屈曲には効果がみられない

股関節の運動

  • 2つの研究 (21症例) では,AFO適用の効果をinitial contactとheel strikeのpeak hip flexionで評価したが,どんな効果も認めない
 これらの結果は,AFO適用によって立脚相初期,toe-off 時,遊脚相での下垂足 (底屈) を防止できることを示しています。股関節については文献自体が少なく,今のところ有益な効果は認められなかったようです。

 さらにこのレビューでは,AFO適用によって麻痺側下肢への体重負荷が増加することも示されています。これは,AFO適用によって立脚相での膝の動きを高め,COP (centre of plesssure) の前方への可動性を増やすことで体重負荷を促進しているようです。また,3つの研究 (37症例) での検討ではありますが,代謝エネルギーコストが改善する効果も認められました。

 このレビューで集められた文献はクロスオーバー試験で行われたものでした。このデザインは短期的な効果を調べるには向いていますが,長期的な効果を調べることができません。そのため,AFO の長期使用が歩行バイオメカニクスへ及ぼす効果については不明のまま残されています。また,文献のなかには対象者をランダム化していない試験も含まれています。そのため,選択バイアスを除去できていない可能性があります。AFO 適用が歩行バイオメカニクスに及ぼす影響をはっきりとさせるためには,研究デザインの質を高めたさらなる研究が必要です。

今後の課題

 Tysonらもレビュー中に述べていますが,脳卒中患者さんは亜急性期から回復期,慢性期にかけて AFO を使用し続けることが多いです。そのため,長期的に使用した際にどのような効果があるのかについて明らかにしなければなりません。それと関連して,どの時期から AFOを適用するべきなのかもあわせて知りたいところです。また,AFO にはたくさんの種類があり,どのような種類の AFO をどのような患者さんに適用するのが効果的かについても臨床家であれば興味があると思います。

まとめ

 現状,脳卒中患者に対して短下肢装具 (AFO) を着用すると即時的に歩行能力を改善させることが分かっています。一方で,長期的な効果は不明なままです。装具適応の可否は,現状では臨床上の判断 (おそらく,主にバイオメカニクス的な考察を用いて) で対処されているかと思います。複雑な問題なので,知識や経験を活かしたそういった判断が正しいことも往々にしてありえますが,やはり分かりやすい形で裏付けがなされていること (つまり医療専門職と患者さんとが共有できる知識があること) が重要であると思います。さらなる臨床研究が盛んに行われることに期待したいところです。