Modified Ashworth Scale(MAS)は、脳卒中、脊髄損傷、多発性硬化症、脳性麻痺などの中枢神経系疾患に伴う痙性麻痺の程度を迅速かつ簡便に評価するための重要なツールです。
この尺度の理解は、神経疾患の評価と治療において重要な役割を果たし、患者の回復過程をより適切に把握するために不可欠です。
本記事では、MASの評価方法、その信頼性と妥当性、そして臨床的な利用の限界について、最新の研究結果と実際の使用例を交えて、詳細に解説します。
評価の目的と対象
Ashworth Scaleは元々、1964年にAshworthらによって開発され、多発性硬化症患者における痙性への抗痙性薬の効果を評価する目的で使用されていました。しかし、Bohannonらの研究により、この尺度は「Modified Ashworth Scale(MAS)」へと発展し、中枢神経系疾患による痙性麻痺の評価において広く用いられるようになりました。
MASの主な目的は、脳卒中、脊髄損傷、脳性麻痺などの中枢神経系疾患における痙性麻痺の程度を、迅速かつ簡便に徒手的に評価することです。この改良により、MASは中枢神経系疾患を有する幅広い患者群の痙性を正確に評価するための基準として確立されました。
評価の方法
評価の項目と手順
Ashworth Scale,Modified Ashworth Scale(MAS)いずれの評価も、患者の関節を他動的に動かす際に感じる筋肉の抵抗感を測定することを目的としています。MASの評価は、0から4の範囲で6段階(Ashworth Scaleは5段階)に分かれており、各段階は筋肉の緊張度合いを示します。具体的な手順は以下の通りです:
- 患者を仰臥位に寝かせ、評価対象の関節を確認します。
- 評価者は関節を1秒間で全可動域まで動かし、筋肉の抵抗感を感じ取ります。
- この動作は各関節で最大3回まで行い、最も低いスコアを採用します。
- 評価スコアは以下の表ように割り当てられます。
スコア
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Ashworth Scale (1964)
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Modified Ashworth Scale (1987)
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0
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筋緊張に増加なし。 | 筋緊張に増加なし。 |
1
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四肢を動かしたときに引っかかるようなわずかの筋緊張亢進。 | 軽度の筋緊張の増加あり。屈伸にて,引っかかりと消失,あるいは可動域終わりに若干の抵抗あり。 |
1+
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軽度の筋緊張あり。引っかかりが明らかで可動域の1/2以下の範囲で若干の抵抗がある。 | |
2
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グレード1よりも筋緊張は亢進するが四肢は簡単に動かすことができる。 | 筋緊張の増加がほぼ全可動域を通して認められるが,容易に動かすことができる。 |
3
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著明な筋緊張の亢進により四肢の他動運動が困難。 | かなりの筋緊張の増加があり,他動運動は困難である。 |
4
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四肢が固く,屈曲,伸展できない。 | 固まっていて,屈曲あるいは伸展ができない。 |
これらの手順とスコアリングは、MASが痙性麻痺の程度を迅速かつ簡便に評価するために設計されたことを示しています。また、評価の正確性を高めるためには、一貫した環境での実施が推奨されます。
しかしながら、これらの暗黙の前提は必ずしも正しくはありません。例えば、他動運動時の抵抗の変化が必ずしも痙性に起因しているとは限らず、運動神経細胞の興奮状態や筋や周辺組織の粘弾性に影響される可能性があります。
使用する物品と環境
Modified Ashworth Scale(MAS)の評価を実施する際には、患者が様々な姿勢を取ることができるようなベッドやプラットフォームが必要です。これにより、患者を正確な評価ポジションに配置し、関節の動きを正確に評価することが可能になります。
また、筋緊張は患者の体調や周囲の環境によって影響を受けることがあるため、同一の環境下で一貫して評価を行うことが重要です。これには静かで温度が調節された部屋を用意し、患者がリラックスできるような環境を整えることが含まれます。
さらに、評価を行う際には、他の外的要因がないことを確認し、患者が安心して評価に集中できるようにすることが推奨されます。
評価にかかる時間
Modified Ashworth Scale(MAS)の評価所要時間は、評価する筋肉や関節の数によって異なります。通常、評価は迅速に行われ、多くの場合、一つの関節につき約1分程度を要し、複数の関節を評価する場合でも合計で5分以内に完了することが多いです。
この迅速性は、MASが日常的な臨床環境での使用に適している理由の一つです。ただし、評価を行う際には、正確性を確保するために各関節を慎重に、そして一貫した方法で評価することが重要です。
これには、関節を速やかに全可動域を通して動かし、筋肉の抵抗を感じ取る必要があります。評価の正確性と迅速性のバランスを取ることが、MASを効果的に活用する鍵となります。
評価の特徴
床・天井効果
渉猟した限り確認されていません。
カットオフ値
渉猟した限り確認されていません。
信頼性
(1) 再試験信頼性(いつ評価しても同じ結果が得られるかどうか)
脊髄損傷 (Tederko et al., Ortop Traumatol Rehabil 2007),脳性麻痺 (Mutlu et al., BMC Musculoskelet Disord 2008, Fosang at al., Dev Med Child Neurol 2003),脳卒中 (Gregson et al., Age and Ageing 2000),頭部外傷 (Mehrholz et al., Clinical rehabilitation 2005) の患者で確認されていますが,いずれの疾患においても信頼性を示すICCの値はかなり広くなっています。
(2) 検者間信頼性(誰が評価しても同じ結果が得られるかどうか)
脊髄損傷 (Haas et al,, Spinal Cord 1996, Craven et al., Spinal Cord 2010),急性期脳卒中 (Blackburn et al., Physical Therapy 2002),重度脳損傷 (Mehrholz et al., Clinical rehabilitation 2005) の患者で確認されていますが,いずれの疾患でも検者間信頼性は不良です。
(3) 検者内信頼性(同じ人が数回評価しても同じ結果が得られるかどうか)
急性期脳卒中患者である程度の検者内信頼性は確認されています (Blackburn et al, Physical Therapy 2002)。
(4) 内的整合性(評価したいことが評価できているかどうか)
渉猟した限り確認されていません。
妥当性
(1) 基準関連妥当性(他の似たような評価指標と関連するかどうか)
脳性麻痺 (Alhusani et al., J Child Neurol 2010) や頭部外傷 (Allison & Abraham, Journal of neurology 1995) の患者で筋電図やH波といった電気生理学的指標との相関が確認されていますが,いずれの疾患でも十分な相関は得られていません。
(2) 構成概念妥当性(評価内因子を合わせて評価したいものを評価できているか)
脊髄損傷 (Smith et al., 2002) と慢性期脳卒中患者 (Katz et al., Archives of physical medicine and rehabilitation 1992) で確認されています。
(3) 内容的妥当性(項目に評価したい内容を含んでいるか)
渉猟した限り確認されていません。
(4) 表面的妥当性(その道の専門家からみて妥当かどうか)
渉猟した限り確認されていません。
MASは痙性を評価しているか
Modified Ashworth Scale(MAS)は、中枢神経系疾患による痙性麻痺の程度を評価するために広く用いられています。MASの主要な特徴は、痙性の程度を徒手的に迅速かつ簡便に評価できる点にあります。
しかし、MASが痙性の特異的な評価を提供しているかについては、専門家の間で意見が分かれています。Pandyanら (Clinical rehabilitation 1999) は,MASには以下の3つの暗黙の前提があることを記しています。
MASが痙性評価である前提条件
①受動運動に対する抵抗の変化は,痙性の変化に起因している
②筋の機械受容器は,反復測定の間に同じ速度で伸張されている
③反復測定の間,関節可動域は変わらない
しかしながら、これらの暗黙の前提は必ずしも正しくはありません。例えば、他動運動時の抵抗の変化が必ずしも痙性に起因しているとは限らず、運動神経細胞の興奮状態や筋や周辺組織の粘弾性に影響される可能性があります。
したがって、MASは痙性の程度を示す指標としては有用ですが、痙性の全体像を捉えるためには他の評価方法と併用することが推奨されます。また、MASは臨床環境での使用に適していますが、評価結果の解釈に際しては、これらの限界を考慮する必要があります。
評価の特徴や方法(評価指標一覧)
まとめ
Modified Ashworth Scale(MAS)は、脳卒中や脳性麻痺など、中枢神経系疾患に伴う痙性麻痺の程度を迅速かつ簡便に評価するための重要なツールです。MASの使いやすさと迅速な評価能力は、日常の臨床現場において広く認識されています。
しかし、評価の信頼性や特異性に関しては、いくつかの研究で疑問が提起されています。これは、評価者間の主観性や、痙性の異なる成分(神経成分と非神経成分など)を区別しない点に起因している可能性があります。
今後の発展には、これらの問題点への対処と、より精密な評価方法の開発が求められています。MASは、痙性麻痺に対するボトックス治療の効果判定など、特定の臨床応用において有用性を示しており、今後の研究によってさらなる改良が期待されます。
評価の特徴や方法(評価指標一覧)