痛覚失認の定義や責任領域


 痛覚失認は高次脳機能障害の一つです。痛みに対する正常な反応を損なうため,日常生活において危険を回避できず,二次的な事故を引き起こすことが多い障害です。この記事では,痛覚失認とは何か,責任脳領域および上行生神経伝導路について説明します。

痛覚失認とは何か

 痛覚失認 (asymbolia for pain) とは,侵害刺激の性状や部位を認識できるにもかかわらず,痛み特有の不快な情動体験やそれにともなう行動が欠如する状態を指します。1928年にSchilderとStengelが痛覚失認の症例を初めて報告しました。古典的に痛みに対する反応は,刺激の部位,強度および性状などを弁別する側面と,情動的側面とに分けられてきました。痛覚失認は後者の側面が障害された状態で,痛覚失認の患者は,痛みに対する不快な体験や,痛みから逃れたいという欲求を失ってしまいます。

痛覚失認の責任領域

 SchilderとStengel (1928) が痛覚失認の患者を剖検したところ,左半球縁上回付近に大きな梗塞があり,角回や島にも障害を認めました。また,Berthlerら (Ann Neurol, 1988) は,痛覚失認の患者6名の臨床症状とCT所見を詳細に検討したところ,侵害刺激の認知は保たれている(つまり,痛みは感じる)にもかかわらず,逃避反応あるいは適切な情動反応が欠如すること,言葉やジェスチャーによる威嚇に対しても無反応であること,病変が島を含むこと,などが共通点であったと報告しています。彼らは「島」が痛覚失認の責任領域であり,感覚野と辺縁系の連絡が遮断されることによって痛覚失認が生じると結論しました。

痛みの上行性神経伝導路と痛覚失認

 痛みに対する反応が弁別面と情動面の2つに分けられるように,上行性神経伝導路もまた2つの経路があると考えられています。痛み刺激を与えられると,その情報は脊髄後角の二次神経細胞で特異的侵害受容細胞 (nociceptive specific, NS) と広域作動細胞 (wide dynamic range, WDR) の2種類に分かれます。痛覚失認は前者からの経路の障害によって生じると考えられています。

NS経路(情動経路)

 NS細胞は脊髄後角第1層にあります。その線維は,外側脊髄視床路を上行して視床のVMpoやMdvcに投射し,最終的に島へ連絡します。島の細胞は受容野が大きく,内臓や味覚あるいは圧受容器などから同時に入力を受けることが多いようです。このことから島は侵害情報を含む様々な刺激を統合して,内部環境の変化を検知する機能を持つと考えられます。解剖学的には,島は感覚野と辺縁系の中間に位置して,この経路は内部環境変化にともなう情動−動機づけの側面に関与していると考えられます。この経路が障害されると痛みは感じるが,痛みに対する情動反応が欠如する,痛覚失認が生じると推測されています。

WDR経路(弁別経路)

 WDR細胞はおおむね脊髄後角第V層にあります。その信号は腹側脊髄視床路を上行して視床VP核を経て第一次体性感覚野 (SI)へ伝えられます。この経路の細胞は受容野が小さく明瞭な体性局在 (somatotopy) を示して,刺激強度を反映して発火を増します。したがって侵害情報の弁別的側面に関与する経路だと考えられています。この経路が障害された場合,痛みへの情動的反応が保たれたまま,痛みを感じない(弁別できない)状態になることが考えられます。実際に,中心後回が障害された患者に痛み刺激を与えると,痛みを認知できないにもかかわらず,痛みに対する不快な情動や逃避反応を示したことが報告されています (Ploner et al., Pain, 1999)。

まとめ

 痛覚失認は,痛みの情動的側面を損ない,痛みに対して逃避的な反応をとれなくなる症状です。脳の責任領域としては島の関与が考えられていて,外側脊髄視床路の障害によっても生じる可能性があります。痛覚失認は,痛みを認識することができるため,簡便な評価では見逃す可能性があります。一方で,痛みを認識できても回避が困難になるため,注意のないまま退院させると,日常生活で火傷や傷などのおう危険性があります。島皮質や外側脊髄視床路などが障害されている場合,このような高次脳機能障害が起こる可能性があるのだと注意して,痛覚失認があることを見逃さないことが大切です。