近年,うつ病,脳血管障害,パーキンソン病などの治療に人の脳を直接刺激することが可能な経頭蓋磁気刺激 transcranial magnetic stimulation が用いられはじめています.この治療法はまだ研究の域をでておらず,すぐ一般の患者さんに適用になるというものではありません.しかし,現段階で一定の成果を挙げているようで,近い将来,どこの病院でも行われるような治療方法になるかもしれません.そこで,この記事では,経頭蓋磁気刺激の原理 (どのような原理で人の脳を刺激するのか) と,そのための機器として現段階でどのようなものがあるのかをまとめたいと思います.
経頭蓋磁気刺激の原理
経頭蓋磁気刺激とは,磁気を用いて脳を刺激することです.これにはマイケル・ファラデーによって発見された電磁誘導の法則が用いられます.電磁誘導の法則とは,コイルに電流を流すと磁場が発生し,その磁場に誘導されて別な場所でも電流が流れることをいいます.例えば二つのコイルが直列に並んでいるとします.この時,一方のコイルに電流を流すと,もう一方のコイルにも瞬間的に電流が流れます.経頭蓋磁気刺激もこの原理を用いており,一方のコイルが頭部に置く刺激コイル,瞬間的に電流が流れるもう一方のコイルが脳組織に相当します.
頭部に置いた刺激コイルに電流を流すと磁場が発生します.この磁場は生体の電気的特性に影響されず,コイルと脳の間にある空気,頭皮,頭蓋骨,脳脊髄液をたやすく通過します.様々な組織を通過した磁場は,脳内で電場を誘導します.誘導電場は脳内に刺激コイルの電流の向きとは逆の渦電流を発生させます.その結果,脳内の神経細胞が脱分極し,活動電位が発生します.つまり,磁場そのものは脳を直接刺激するものではありませんが,磁場に誘導された電場が渦電流を発生させて間接的に脳を刺激するのです.磁気刺激といっていますが,実は脳を刺激しているのは渦電流ということです.
経頭蓋磁気刺激の装置
モノフェージック刺激装置
一般的に普及している装置です.単発で,刺激コイルは一方向のみに電流が流れます.したがって脳内に瞬間的に流れる電流も一方向になります.脳内に流れる電流の方向は一方向に限定していた方が,神経機能の検査には都合がよく,そのような検査には主にこの装置が用いられます.
しかし,一台の刺激装置では一回の刺激を行うと,次の刺激を行うまでに時間がかかってしまいます.そこで,この装置2台と中継機を組み合わせることで,2連発刺激を可能とした装置 (2連発磁気刺激装置) が開発されました.この装置を用いることで,1 msから1000 ms の間で刺激間隔を設定することができるようです.2連発刺激装置によって,脳の興奮性や抑制性を検査することができます.
バイフェージック刺激装置 (高頻度磁気刺激装置)
この装置は,先述のモノフェージック刺激装置とは違い,刺激コイルに双方向に電流が流れます.そのため,脳内の神経が数多く刺激されるため,神経機能の検査には向いていません.しかし,一定頻度の周波数で刺激することで,脳の興奮性を変化させることができることが知られており,これを応用して,前述のうつ病,脳血管障害,パーキンソン病などの疾患の治療が試みられています.
経頭蓋磁気刺激の刺激コイル
円形コイル
このコイルは直径90 mm で円形をしています.円形のため,頭部への固定は容易なのですが,頭頂部に刺激コイルを置いた場合,左右のどちらの脳も広範囲に刺激してしまいます.
八の字コイル (ダブルコイル)
八の字コイルは直径70 mm の円形コイルを同一平面に二つあわせて八の字の形にしたものです.ふたつの円形コイルが接する線 (八の字の交点を通る線) に電流が流れます.円形と違い,頭部への固定に難がありますが,脳の限局した領域を刺激することができます.
ダブルコーンコイル
ダブルコーンコイルは直径110 mmの円形コイルを同一平面上ではなく,約95度の角度で二つあわせたものです.この角度によって八の字コイルよりも脳の深部を刺激することができます.したがって,主に大脳縦列に入り込むように位置する下肢を支配する運動野を刺激することに用いられます.
まとめ
経頭蓋磁気刺激法は,電磁誘導の法則を用いて,脳内の神経細胞を電気的に刺激するものです.脳内の狙った領域に効率的に刺激を与えるために様々なタイプの装置や刺激コイルが開発されています.研究の目的に合わせて,これらの装置やコイルを選択する必要があります.今回は原理と装置・コイルについてまとめましたが,機会があれば,実際の測定方法などもまとめて紹介したいと思います.