
脳卒中から数週間たった人の麻痺した手が、ある日から赤く腫れ、軽く触れただけでも痛むようになることがあります。肩も痛み、指を曲げようとすると顔をしかめる。順調に進んでいたリハビリテーションが、痛みで止まってしまいます。
肩の痛みと動かしにくさに、同じ側の手の腫れと萎縮が重なる病態を、米国の医師シュタインブロッカーは1947年に報告し、肩手症候群と名づけました。肩と手という離れた場所の症状が、一つの名前でまとめられたのです。脳卒中のあとに麻痺側に起こるものもこの名前で呼ばれてきましたが、いまは複合性局所疼痛症候群(CRPS)の一つとして扱われています。
1994年、Brausらは片麻痺の患者132人を追った研究で、36人(27%)に肩手症候群が起きたと報告しました。そして別の86人で、肩を傷めないように早くから気をつけたところ、発症は8%に減りました。麻痺した手の腫れと痛みが、肩の扱い方で防げるかもしれないのです。肩の傷が、なぜ手の腫れにつながるのでしょうか。
肩手症候群の要点
- 何か:脳卒中などのあとに、麻痺側の肩の痛みと、手の痛み・腫れ・熱感・皮膚の色の変化、関節の動かしにくさが重なって起こる状態。いまは複合性局所疼痛症候群(CRPS)タイプIの一つとして扱われる
- どれくらい起こるか:研究によって幅がある。片麻痺の患者132人を追った研究では27%、脳卒中の患者396人を調べた研究では19.4%だった
- 診断:決め手になる血液検査や画像検査はなく、症状と所見で判断する。国際的にはブダペスト基準が使われる。麻痺した腕は使わないだけでも腫れや痛みが出るので、見分けには注意がいる
- 予防:肩の亜脱臼や、腕を引っぱるなどの肩の傷を避ける。肩の傷に早くから気をつけた研究では、発症が27%から8%に減った
- 治療:ステロイドの内服で症状が和らいだとする試験があり、リハビリテーションではミラーセラピーなどが試されている。ただし、多くの治療は効果の確かさがまだ低い
戦争の傷から脳卒中まで:名前を変えてきた痛み
手足を傷めたあと、傷の大きさに見合わない痛みと腫れが長く続く。この不思議な病態は、これまで何度も名前を変えてきました。米国の南北戦争では、医師のミッチェルが、銃で撃たれて神経を傷めた兵士に焼けるような痛みが続く例を記録しました。その後、ドイツの外科医ズデックがX線写真で骨がやせていく様子を示し、フランスの外科医ルリッシュが交感神経の働きが中心にあると考えたことから、反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)という名前が広まりました。
1947年には、肩の痛みと手の腫れが重なる病態に、シュタインブロッカーが肩手症候群という名前を付けました。
名前がばらばらでは、診療の情報を正しく伝えられず、研究どうしを比べることもできません。国際疼痛学会(IASP)は1994年に、これらをまとめて複合性局所疼痛症候群(CRPS)と呼ぶことにしました。はっきりした神経の損傷がないものをタイプI、あるものをタイプIIとし、脳卒中のあとの肩手症候群はタイプIにあたります。
どんな症状か:4つの側面で確かめる
中心となる症状は、麻痺側の肩の痛みと、手や手首の痛み・腫れ・熱感です。皮膚の色が赤や紫に変わったり、汗のかき方が変わったりし、指や手首、肩が動かしにくくなります。
決め手になる血液検査や画像検査はなく、症状と所見で判断します。IASPが1994年に示した基準は、CRPSの人をほとんど見逃さない一方で、CRPSでない人まで含めてしまう弱点がありました。そこで2003年にブダペストで開かれた国際会議で改訂案がまとめられ、2010年の検証では、見逃しの少なさ(感度0.99)を保ったまま、CRPSでない人を除く力(特異度)が0.41から0.68に上がりました。これがブダペスト基準です。症状と所見を4つの側面に分けて確かめ、次のすべてを満たすときにCRPSと判断します(表1)。
- きっかけになった出来事に見合わない痛みが続いている
- 4つの側面のうち3つ以上で、本人の訴える症状がある
- 診察した時点で、2つ以上の側面に所見がある
- ほかの病気では、うまく説明できない
| 側面 | 症状や所見の例 |
|---|---|
| 感覚 | 痛みに過敏になる、軽く触れたり動かしたりしただけで痛む(アロディニア) |
| 血管運動 | 皮膚の温度の左右差、皮膚の色の変化や左右差 |
| 発汗・浮腫 | むくみ、汗のかき方の変化や左右差 |
| 運動・栄養 | 関節の動く範囲が狭い、力が入りにくい・ふるえ・ジストニア、毛や爪や皮膚の変化 |
表1 ブダペスト基準の4つの側面(Hardenら 2010 をもとに作成)
ただし、脳卒中のあとは見分けが難しくなります。麻痺した腕は、使わないだけでも痛み、むくみ、温度の感じ方の変化、皮膚の変化が出てくるからです。基準に当てはめるときは、それが麻痺そのものや使わないことで説明できないかを考えます。
肩手症候群は、急性期の腫れと痛みから、萎縮と拘縮が残る時期まで、3つの病期を順に進むと説明されることがあります。ところが、CRPSの患者113人を調べた2002年の研究では、症状の違いは病気の長さと対応しておらず、3つの病期を順に進むという見方は支持されませんでした。症状の組み合わせの違いは、病期よりも、いくつかの型の違いとして説明できるとしています。
なぜ起こるのか:肩の小さな傷から始まる悪循環
片麻痺の患者132人を追ったBrausらの研究で、肩手症候群が起きやすかったのは、肩の亜脱臼がある人、肩まわりの筋の麻痺がある人、中等度の痙縮がある人、対座法の視野検査で視野の欠けがある人でした。亡くなった7人の肩関節包を調べると、どれにも以前の外傷の跡がありました。そこで著者らは、片麻痺の肩手症候群は肩の小さな傷から始まり、それが自分で回り続ける悪循環をつくって、反射性交感神経性ジストロフィーの姿になると考えました(図1)。

図1 肩の小さな傷から始まる悪循環(Brausら 1994の考えにもとづく模式図)
輪の中で何が起きているのか、すべてがわかっているわけではありません。CRPSでは、傷のまわりで炎症の反応が強く出すぎ、そこで放出される物質が痛みを伝える神経を過敏にします。腫れ、血管の広がり、汗の増加は、こうした神経に由来する炎症で説明されます。痛みの信号がくり返し届くと、脊髄の側も興奮しやすくなり(中枢性感作)、大脳の体性感覚野にも変化が起こります。痛いから動かさない、動かさないからむくんで固まる、という流れも輪を回します。かつて考えられたほど交感神経が中心ではないとみられていますが、交感神経の働きが強く関わる一群もあると考えられています。
防げるのか:27%が8%に
Brausらの研究の後半では、別の86人で、肩関節の構造を傷めうる場面に早くから注意を向けました。その結果、肩手症候群の発症は27%から8%に減りました。具体的に何をしたかの細部は抄録からはわかりませんが、狙いは肩の傷を避けることでした。
肩を傷める動きは、善意の運動の中にもあります。1990年のKumarらの研究では、片麻痺の患者28人を3つの運動のどれかに割り当てたところ、療法士が関節を動かした群で肩の痛みが出たのは8%、スケートボード(台に腕を乗せて滑らせる運動)の群で12%だったのに対し、頭上の滑車にかけたひもを健側の手で引いて麻痺側の腕を上げる群では62%でした。著者らは、滑車を使った運動は避けるべきだとしています。
ふだんのケアで肩の傷の入口になりうるのは、たとえば次のような場面です。
- 移乗や寝返りの介助で、麻痺側の腕や手を引っぱる
- 座っているときや歩くときに、麻痺側の腕を支えずに垂らしたままにする
- 痛みがあるのに、肩を大きく上げる方向へ勢いよく動かす
片麻痺の肩の痛みのほかの原因は「脳卒中片麻痺患者の肩の痛み:原因は肩の中だけにあるのか」、関節を動かす運動の進め方は「関節可動域運動の目的と種類」で扱っています。
治療:ステロイド、ミラーセラピー、そして確かさの問題
薬の治療で、脳卒中のあとの肩手症候群についての試験があるのはステロイドです。Brausらの研究では、肩手症候群になった36人のうち31人が、少量のステロイドの内服で10日以内にほとんど症状がなくなりました。2006年のKalitaらのランダム化比較試験では、60人をステロイド(プレドニゾロン)と非ステロイド性抗炎症薬(ピロキシカム)に分け、1か月後に症状がはっきりよくなったのは、ステロイドの群で83.3%、ピロキシカムの群で16.7%でした。Brausらの研究は盲検化されておらず、Kalitaらの試験も60人と小規模なので、効果は大きめに見積もられている可能性があります。薬を使うかどうか、どれだけ使うかは、副作用も含めて医師が判断します。
リハビリテーションで試されている方法の一つが、ミラーセラピーです。体の中央に鏡を立て、鏡に映った健側の手の動きを、麻痺側の手が動いているように見せながら練習します。目からの情報で、体性感覚野に起きた変化を整えることを狙った方法です。2009年のCacchioらの試験では、初めての脳卒中で入院した208人のうち、上肢にCRPSタイプIがあった48人を、ミラーセラピーの群とプラセボの対照群に分けました。ミラーセラピーの群では、安静時と運動時の痛み、軽く触れたときの痛みが減り、腕の運動機能もよくなり、その差は6か月後にも保たれていました。有酸素運動の研究は「有酸素運動は脳卒中後のCRPSタイプ1による痛みを改善させる」で紹介しています。
一方で、治療の効果の確かさは高くありません。2026年に発表された、初期の肩手症候群に対する薬以外の治療のネットワークメタ分析は、36件のランダム化比較試験(2,769人)をまとめました。テーピングや空気圧を使う治療などで痛みが減る傾向はあったものの、どの治療もすべての結果ではっきり上回ることはなく、予測区間はいずれも効果なしの範囲にかかっていました。研究の質や精度に限界があり、結果は慎重に読む必要があると著者らは述べています。起きてしまったら早めに医師に相談し、痛みに合わせて動かし方を調整します。
まとめ
肩手症候群は、脳卒中のあとに麻痺側の肩の痛みと手の痛み・腫れ・熱感が重なって起こる状態で、いまはCRPSタイプIとして扱われ、ブダペスト基準で判断します。片麻痺では、亜脱臼や腕を引っぱるといった肩の小さな傷が入口となり、炎症と痛み、動かさないことが輪になって続くと考えられています。肩の傷に早くから気をつけた研究では、発症が27%から8%に減っています。治療の効果の確かさがまだ低いいま、まずできるのは肩を傷めないことです。
さらに学びたい人へ:おすすめの本と道具
- 重藤隼人 編『疼痛リハビリテーション:病態メカニズム・モデルに基づく評価・治療戦略』(メジカルビュー社):痛みを原因に着目して分類し、病態に合わせた評価と治療を、エビデンスにもとづいて解説した本です。脳卒中後の疼痛などのケーススタディもあります(2025年刊行)。
- 堀内行雄 編『複合性局所疼痛症候群(CRPS)をもっと知ろう:病態・診断・治療から後遺障害診断まで』(全日本病院出版会):整形外科、麻酔科、精神科などの立場から、CRPSの病態、診断、薬物療法、ペインクリニックでの治療、リハビリテーションまでをまとめた本です(2015年刊行)。
- Edge Mobility System 折りたたみミラーセラピーボックス(手/手首):手と手首に使う、折りたたみ式の小さなミラーボックスです。鏡に映った健側の手を見ながら練習するミラーセラピーに使います。
参考文献
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