肩手症候群:その特徴とリハビリテーション


脳卒中後に多く見られる麻痺側の痛みは、患者のリハビリテーションを妨げるだけでなく、生活の質(QOL)を大きく低下させる可能性があります。これらの痛みの原因は多岐にわたり、医療従事者はそれぞれの原因に合わせた評価と治療を進めることが求められます。本記事では、その中でも特に注意が必要な肩手症候群に焦点を当て、その特徴と効果的な治療法について詳しく解説します。

肩手症候群の特徴

肩手症候群は脳卒中患者の約12〜48%に見られ、特に片麻痺を伴う脳卒中後の患者に顕著です。この症候群は、Otto Steinbrockerによって1947年に初めて報告され、肩の痛みと運動障害、および同側の手の腫脹という特徴的な症状の組み合わせから名付けられました。肩手症候群の主な臨床的特徴には、肩と手の痛み、運動制限、手の腫脹、色素異常、熱感が含まれます。これらの症状は、患者の日常生活に大きな影響を与え、リハビリテーションの進行を阻害することがあります。

脳卒中片麻痺患者の肩の痛みの一要因でもあります (詳しくは「脳卒中片麻痺患者の肩の痛み:その発生率と原因」をご覧ください) 。一般的には、はじめに肩の痛み、次に手や手首に痛みが生じるといわれています。しばしば肩関節や手の関節に関節可動域の減少がみられますが、一方で肘関節にはその影響はみられないことも特徴といえます。

最新の研究によると、この症候群の発生には中枢神経系と末梢神経系の複雑な相互作用が関与している可能性があります。具体的には、脳卒中によって損傷を受けた神経経路が、炎症反応や痛みの感受性の変化を引き起こすことが示唆されています。これにより、肩や手に慢性的な痛みや運動制限が生じると考えられます。

肩手症候群の診断には、患者の症状の詳細な評価と、関連する他の条件との鑑別が重要です。適切な治療戦略を立てるためには、これらの症状の全体像を把握し、個々の患者に合わせたアプローチを採用する必要があります。

肩手症候群の分類

肩手症候群は、複合性局所疼痛症候群(Complex Regional Pain Syndrome, CRPS)のCRPS Type Iに分類されます。CRPS Type Iは、反射性交感神経性ジストロフィー(Reflex Sympathetic Dystrophy, RSD)とも呼ばれ、特に脳卒中後の肩手症候群で顕著です。CRPS Type Iは、通常、外傷後に発生し、激しい痛み、皮膚の色や温度の変化、関節の動きの制限などを特徴とします。

肩手症候群におけるCRPSの発現は、脳卒中後の神経回路の変化や損傷に起因すると考えられています。これにより、痛みの伝達や認知が異常になり、慢性的な痛みやその他の症状を引き起こす可能性があります。この分類と理解は、肩手症候群の治療戦略を考える上で重要であり、特に早期介入が有効であるとされています。

複合性局所疼痛症候群 (CRPS) の分類

分類
旧名称
特徴
CRPS Type I 反射性交感神経性ジストロフィー
Reflex sympathetic dystrophy ; RSD
神経損傷がなく疼痛と自律神経症状様の症状を示す。

侵害的な出来事(軽微な外傷などの後に発生し,単一の末梢神経の分布領域に限局せずに拡がる,明らかに刺激となった出来事と不釣り合いな強い症状を示す症候群。

疼痛部位あるいはアロディニア・痛覚過敏領域において,経過中に,浮腫,皮膚血流の変化,発汗異常が伴われる。
CRPS Type II カウザルギー
Causalgia
明らかに神経症状を認める。

1本の神経やその主要な分枝の部分損傷後に起こる,通常手や足の領域の灼熱痛,アロディニア,痛覚過敏。

カウザルギーは,末梢神経の急性外傷に続発する特殊な型の神経痛である。

CRPSのタイプⅠでは神経損傷を認めず、タイプⅡでは神経症状を認めることがこの分類の大切なポイントになっています。


肩手症候群の原因

肩手症候群の正確な原因は未だ完全には解明されていませんが、脳卒中による神経系の損傷が主要な要因と考えられています。神経損傷は、痛みの感受性の変化、関節の運動制限、筋肉の硬直などを引き起こす可能性があります。これらの症状は、中枢神経系の変化により増幅されると考えられ、慢性的な痛みや機能障害を引き起こす原因となります。肩手症候群の発症には、患者の身体的および心理的状態も影響を与えることが示唆されており、多面的なアプローチが必要です。

また、最新の研究では、この症候群の発症において末梢神経系や免疫系の役割も考慮されています。これにより、症状の管理と治療において、薬物療法、物理療法、心理療法などの包括的な治療戦略が求められることになります。

原因が不明ながらも肩手症候群には特定の誘発要因があることが分かっており、その進行に段階(グレード)があることが知られています。

誘発要因

肩手症候群は、下のような誘発要因によって発症するようです。
  • 脳梗塞後の肩の亜脱臼から拘縮
  • 頸部、体幹部の外傷に続発するだけではなく、頸椎椎間板ヘルニア、頸椎症
  • 外傷 (転倒して手をついたときなどに起こる手首の骨折;コーレス骨折)
  • 心筋梗塞、脳卒中、胃潰瘍などの大患の有痛性疾患
  • 脳血管障害後
  • バルビツレートなどのある種の薬の使用

グレード

また、肩手症候群は進行性の疾患であり、下記のような段階を踏むとされています。

第1段階
手に突然の広範囲にわたる浮腫と手の甲の圧痛、それに手の血管が狭窄するために手が青白くなる。
肩と手は特に動かすと痛む。手のX線画像では、ところどころに骨密度の減少した領域が認められる。
第2段階
手の腫れと圧痛が軽くなる。
手の痛みも軽度。
第3段階
浮腫、圧痛、痛みは消失するが、手の動きは制限される。
指がこわばってかぎ爪状になり、デュピュイトラン拘縮に似た症状を起こすために、手の動きが制限される。
この段階のX線像では、しばしば広範囲にわたる骨密度の減少が認められる。

肩手症候群の治療とリハビリ

医学的治療

肩手症候群の医学的治療は、痛みの管理と炎症の軽減に主眼を置いています。治療には、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や鎮痛薬の使用、場合によってはコルチコステロイドの局所注射、神経ブロック、さらに神経因性痛に効果的な抗てんかん薬や抗うつ薬の処方が含まれます。

リハビリテーション

リハビリテーションでは、物理療法(温熱療法や電気刺激療法)、手技療法を通じて関節可動域の拡大と筋肉の柔軟性向上を目指し、作業療法で日常生活動作の改善を図ります。心理療法も重要で、慢性痛に伴うストレスや不安の管理に役立ちます。また、運動療法により筋力と機能の徐々な改善を目指します。これらの治療法は患者個々の状態に応じて調整され、包括的なアプローチが求められます。

ミラーセラピープログラムが肩手症候群の痛みを改善するのに有用かもしれないといわれています (Moseley, Neurology. 2006; Cacchio et al., Neurorehabil Neural Repair. 2009; Cacchio et al., N Engl J Med. 2009) 。さらに、有酸素運動が肩手症候群(CRPSタイプ1)の痛みや症状を改善させるという報告もあります(Topcuoglu A et al., Top Stroke Rehabil. 2015,詳しくは「酸素運動は脳卒中後のCRPSタイプ1による痛みを改善させる」を参照してください)。

まとめ

肩手症候群は脳卒中後の患者にしばしば見られる症状で、痛みや運動制限が特徴です。この症候群の管理には医学的治療とリハビリテーションが重要であり、痛みの軽減、運動機能の回復、そして日常生活の質の向上を目指します。

現時点では、肩手症候群がどのようなメカニズムで起こるのかはっきりとはわかっていません。また、臨床上、非常に一般的な症状であるのに対して、治療法や進行の予防法についてのエビデンスは不足しているようです。

さらに肩手症候群(CRPS Type Ⅰ)へのリハビリ加療についても、一定見解は得られていません。今後の研究でこれらのことが明らかになることが期待されています。

それでは皆さまの学習がよりいっそう充実することを願って。

Charcot(@StudyCH)でした。All the best。