変形性股関節症に対する徒手療法の効果


 変形性股関節症に対する徒手療法は世界で一般的なもので,徒手療法が盛んなオーストラリアでは変形性股関節症 hip OA の患者に対して,理学療法の 78〜87% が徒手療法を用いているそうです (Cowan et al., Physiotherapy 2010) 。ここでは変形性股関節症患者に徒手療法を適用するとどのような効果があるのかについてまとめました。

徒手療法の定義

 最近,日本にも自称他称を問わず徒手療法士を名のる方々が増えてきました。彼らが用いる徒手療法は少し特殊な派閥があって,各々がその派閥特有のコンセプトをもって治療にあたっているようです。

 ただ,徒手療法は彼らが用いる手技を指す言葉のようにひとり歩きしていますが,広義にはストレッチ,関節の牽引,関節モビライゼーションなど,一般のセラピストが行う手技的な治療もまた徒手療法です。以降に紹介する変形性股関節症に対する徒手療法の効果についての文献は全て広義の定義に基づくものです。

徒手療法の効果を調べた研究

 最近,徒手療法の有効性を調べた文献を集めた系統的文献レビューが行われましたが,集まった文献はたった 2 つでした (Romeo A et al., Reumatismo. 2013) 。それにも関わらず,著者らは変形性股関節症患者に対する徒手療法に,痛みや短期的な機能改善効果があることを示唆しています。

 しかし,上記のレビュー結果だけで徒手療法が hip OA の治療に有用であると考えるのは無理があると思います。そこで,このレビューに含まれなかった文献や,最近行われた文献をいくつか紹介します。

Hoeksmaらのランダム化比較試験

 2004年にHoeksmaらによって大規模なランダム化比較試験 (RCT) が行われました (Hoeksma et al, Arthritis & Rheumatism 2004) 。この研究では hip OA 患者 109 名を対象とし,5 週間の徒手療法プログラムとセラピスト監修の運動プログラムを比較しました。

 ここで言う徒手療法とは,牽引,股関節の high velocity thrust traction manipulation ,筋ストレッチ (腸腰筋,四頭筋,大腿筋膜張筋,薄筋,縫工筋,股関節内転筋群) からなります。一方の運動プログラムは,股関節の可動域,筋の長さ,筋力,歩行持久力を改善することを目的としたものだそうです。

 結果は,徒手療法グループの成功率 (81%) (「改善」,「非常に改善」,「不満はない」で定義) は,運動グループのそれ (50%) よりもかなり良かったようです。しかも,これらの改善は,29週間のフォローアップで維持されたそうです。

Abbotらのランダム化比較試験

 2013年には,Abbotらによって変形性股関節症あるいは変形性膝関節症患者206名を対象とした RCT が行われました (Abbott et al., Osteoarthritis & Cartilage 2013) 。この研究では,徒手療法と運動療法が痛みや能力障害へ与える影響を通常の治療と比較しています。さらに,徒手療法と運動療法のそれぞれ単独の効果に加えて,両方を複合的に行ったときの効果についても調べています。

 この研究において,徒手療法は 9 セッション (7 visits in the first 9 weeks with 2 booster sessions at Week 16) で行われ,最大 6 関節の可動域運動のホームプログラムと共に,可動域やその動きの質を変える手技で構成されていたようです。変形性股関節症および変形性膝関節症を合わせた全ての患者に加え,変形性股関節症患者だけでみても介入から一年間後に徒手療法によって痛みと能力障害とが大きく減少するという結果でした。

 しかし,徒手療法と運動療法とを組み合わせても,それ以上の付加的な効果はなかったようです。つまり,複合的にアプローチを行っても,徒手療法や運動療法を単独で行った時以上の改善効果は得られなかったようです。著者らは,徒手療法と運動療法を併用した群では,個々の介入に時間を費やせないため,それぞれの有効性が減少するのかもしれないと考えているようです。

hip OA に徒手療法は有効か?

 あまりに研究の数が少なくて結論を出すには時期尚早です。実際,欧米のガイドラインをみても,徒手療法は変形性股関節症患者に対する補助療法として推奨しているようです (Conaghan et al., BMJ 2008; Cibulka et al., Journal of Orthopaedics and Sports Physical Therapy 2009) 。しかし,上記のような質の高い RCT の結果をみれば,徒手療法には変形性股関節症患者の痛みや運動機能を向上させる効果がありそうです。

 しかし,これらの研究では hip OA というカテゴリーで対象者を集めていますが,徒手療法の性質上,明確な効果を示すにはもう少し細かなグループ分けが必要かもしれません。つまり,股関節の構造,骨盤周囲のアライメントや障害の重症度など,機能障害による分類によっても,徒手療法の有用性は変わってくるのだと思います。

まとめ

 徒手療法について調べてみると,RCT の数が少ないことが分かりました。また,研究で用いられた徒手療法は牽引やストレッチなどの一般的な徒手療法であり,徒手療法の各派閥がそれぞれの有効性を証明するような研究はみつかりませんでした (ケースシリーズ研究などはたくさんありましたが…) 。大規模に行われた RCT の結果をみると,徒手療法が hip OA 患者さんの痛みや機能障害に有効である可能性があります。しかし,補助療法の地位を脱するにはさらなる「質の高い」研究の蓄積が必要だと思います。