10m歩行テスト(10MWT)


Charcot(@StudyCH)です。

10メートル歩行テスト(10m walk test、10MWT)は、歩行能力の指標として、特に歩行速度の簡便な評価方法です。このテストは、歩行速度を定量的に測定し、様々な神経筋疾患や運動機能障害を有する患者の機能評価に利用されます。

この記事では、その目的、方法および特性(床・天井効果、カットオフ値、信頼性や妥当性など)について説明します。なお、ここで紹介するカットオフ値については、まとめにある注意事項をよく読んだ上で活用して下さい。

評価の目的と対象

10m歩行テストは、患者の歩行速度を定量的に評価し、それによって歩行機能のレベルを把握することを目的としています。このテストは、患者がどの程度迅速かつ安全に歩行できるかを示す重要な指標となります。特に、リハビリテーションの進捗を測定したり、治療介入の効果を評価したりする際に有用です。

対象となるのは、以下のような広範な神経筋疾患や運動機能障害を持つ患者群です:
  • アルツハイマー病患者:認知機能の低下が歩行速度に与える影響を評価するために使用されます。
  • 脳腫瘍患者:手術や治療後の機能回復の程度を測定するために実施されることがあります。
  • 神経筋疾患の子ども:発達段階における歩行能力の変化を追跡するために利用されます。
  • 高齢者:加齢に伴う歩行速度の変化を評価し、転倒リスクの予測に役立てます。
  • 股関節骨折患者:手術後のリハビリテーションの進捗を定量的に評価します。
  • 下肢切断患者:義肢の適応や歩行訓練の成果を測定するために使用されます。
  • 多発性硬化症患者:病状の進行や治療の影響を歩行速度の変化から評価します。
  • パーキンソン病患者:疾患の進行や薬物療法の効果を評価するために実施されます。
  • 脊髄損傷患者:損傷の程度やリハビリテーションによる回復状況を把握するために利用されます。
  • 脳卒中患者:片麻痺などによる歩行能力の回復を評価するために使用されます。
  • 外傷性脳損傷患者:損傷後の回復過程を追跡し、リハビリテーションの方向性を決定するために利用されます。
  • 前庭障害患者:平衡感覚の障害が歩行に与える影響を評価するために使用されます。
このテストは、これらの患者が自立して歩行できる能力を持っているかどうかを判断するための基準としても用いられます。ただし、歩行に介助が必要な患者や、安全にテストを実施できない患者は、この評価の対象外となります。また、評価を行う際には、患者の安全を最優先し、必要に応じて介助を提供しながら実施することが重要です。

評価の方法

10m歩行テストは、患者の歩行速度を評価するための標準化された方法です。このテストは、リハビリテーションの分野で広く用いられ、患者の歩行能力の改善を定量的に追跡するための信頼性の高い手段として認識されています。以下に、10m歩行テストの詳細な実施手順を説明します。

歩行距離の設定

10MWTでは、患者が10メートルの距離を歩く速度を計測します。この距離は、歩行能力を評価するにあたり、十分な長さでありながら、多くの臨床環境で実施可能な長さとされています。ただし、状況に応じて6メートル、8メートル、12メートルの距離で評価を行うこともあります。

評価の準備

評価を開始する前に、患者にテストの目的と手順を明確に説明します。計測する距離には、スタートラインとゴールラインを明示し、患者がテストを始める前に十分な準備運動を行うことができるようにします。

実施手順

患者はスタートラインに立ち、合図とともに歩き始めます。歩行速度は、「至適速度」と「最高速度」のどちらで評価するかを事前に決定します。至適速度は、患者が普段無理なく歩いている速さであり、最高速度は患者が可能な限り速く歩く速さです。評価者はストップウォッチを用いて、患者がスタートラインからゴールラインまで歩くのに要した時間を正確に計測します。

評価の実施回数

テストは通常3回実施され、3回の試行の平均歩行速度を計算して評価の結果とします。これにより、単発の試行による偶発的な誤差を減らし、より信頼性の高いデータを得ることができます。

歩行補助具の使用

患者が歩行補助具を使用する場合は、全ての試行で同じ補助具を使用する必要があります。これは、評価の一貫性を保つためです。評価者は、使用した歩行補助具の種類を記録し、後の分析で考慮します。

安全性の確保

安全を確保するため、評価中は患者の側に常に評価者が付き添い、必要に応じて支援を提供します。また、患者が転倒するリスクがある場合は、適切な予防措置を講じます。

評価結果の記録

評価者は、各試行での歩行時間と速度、使用した歩行補助具、患者の歩行状態など、すべての関連情報を詳細に記録します。これにより、後の評価や治療計画の策定において、正確なデータに基づいた意思決定が可能になります。


使用する物品と環境

時間を計測するためにストップウォッチが必要です。また、計測する距離に応じたスペースが必要になります。少なくとも前後3m程度のスペースを用意して下さい。

評価にかかる時間

5分程度で評価できます。ただし、検査の手順などの理解に時間がかかる対象者については、さらに時間がかかることもあります。


評価の特性:科学的根拠と臨床的意義

10m歩行テストは、患者の歩行能力を評価する際の信頼性と妥当性が科学的に証明された評価ツールです。このテストは、様々な臨床環境で患者の機能的歩行速度を測定するために用いられます。以下に、10MWTの評価特性について具体的に説明します。

床・天井効果

10m歩行テストは、特定の患者群において床効果(floor effect)または天井効果(ceiling effect)が発生する可能性があります。これは、テストが非常に遅い歩行速度または非常に速い歩行速度を持つ患者の能力を適切に評価できないことを意味します。脊髄小脳変性症患者で天井効果が認められています (Lemay & Nadeau, Spinal Cord 2010)。

カットオフ値

10m歩行テストの結果を用いて、患者の歩行能力をカテゴリー化するためのカットオフ値が提案されています。脳卒中患者におけるカットオフ値は、歩行の自立性を予測するために特に有用です。例えば、歩行速度が0.4 m/s以下の患者は室内歩行が自立する可能性があり、0.8 m/s以上の患者は完全な歩行自立が期待できます。 (Bowden et al, Neurorehabilitation and neural repair 2008)。
0.4 m/s 以下:室内歩行が自立する可能性あり
0.4〜0.8 m/s:限られた範囲でなら歩行自立
0.8 m/s 以上:歩行自立

信頼性

10m歩行テストは、再試験信頼性(test-retest reliability)、検者間信頼性(inter-rater reliability)、および検者内信頼性(intra-rater reliability)に優れています。これは、同じ患者に対して複数回テストを行った場合や、異なる評価者がテストを行った場合でも、一貫した結果が得られることを意味します。この高い信頼性は、脳卒中患者、パーキンソン病患者、股関節骨折患者など、多様な患者群において確認されています。

(1) 再試験信頼性(いつ評価しても同じ結果が得られるかどうか)

以下の対象者で確認されています。
  • 健常成人 (Watson et al., Physiotherapy 2002)
  • 神経筋疾患の子ども (Pirpiris, Journal of Pediatric Orthopaedics 2003)
  • 脳卒中患者 (Collen et al., Disability & Rehabilitation 1990)
  • 股関節骨折患者 (Hollman et al., J Geriatr Phys There 2008)
  • パーキンソン病患者 (Steffen & Seney, Physical Therapy 2008)
  • 脊髄小脳変性症患者 (Bowden & Behrman, J Rehabil Res Dev 2007)
  • 外傷性脳損傷患者 (vanLoo et al., Brain Inj 2004) 

(2) 検者間信頼性(誰が評価しても同じ結果が得られるかどうか)

以下の対象者で確認されています。
  • 健常成人 (Wolf et al., Phys There 1999)
  • 脊髄小脳変性症患者 (van Hedel et al., Archives of Physical Medicine and Rehabilitation 2005) 
  • 脳卒中患者 (Wolf et al., Phys There 1999)
  • 外傷性脳損傷患者 (Tyson & Connell, Clin Rehabil 2009) 

(3) 検者内信頼性(同じ人が数回評価しても同じ結果が得られるかどうか)

以下の対象者で確認されています。
  • 脊髄症小脳変性症患者 (van Hedel et al., Archives of Physical Medicine and Rehabilitation 2005)
  • 脳卒中患者 (Collen et al., Disability & Rehabilitation 1990) 

(4) 内的整合性(評価したいことが評価できているかどうか)

渉猟した限り確認されていません。

妥当性

10m歩行テストは、基準関連妥当性(criterion-related validity)、構成概念妥当性(construct validity)、内容的妥当性(content validity)、および表面的妥当性(face validity)を有しています。これらの妥当性は、テストが実際に歩行能力を正確に測定しているか、そしてその結果が臨床的に意味のある情報を提供しているかを示しています。特に、脳卒中患者や多発性硬化症患者において、歩行速度が日常生活活動(ADL)の自立性と強く関連していることが示されています。

(1) 基準関連妥当性(他の似たような評価指標と関連するかどうか)

以下の対象者で確認されています。
  • 脳卒中患者 (Tyson & Connell, 2009) 
  • 多発性硬化症患者 (Paltamaa et al., Archives of physical medicine and rehabilitation 2007) 

(2) 構成概念妥当性(評価内因子を合わせて評価したいものを評価できているか)

以下の対象者で確認されています。
  • 健常成人 (Wolf et al., 1999)
  • 股関節骨折患者 (Latham et al., Archives of physical medicine and rehabilitation 2008)
  • 脊髄小脳変性症患者 (vanHedel et al., Archives of Physical Medicine and Rehabilitation 2005) 

(3) 内容的妥当性(項目に評価したい内容を含んでいるか)

脊髄小脳変性症患者で確認されています (Jackson et al., J Spinal Cord Med 2008)。

(4) 表面的妥当性(その道の専門家からみて妥当かどうか)

外傷性脳損傷患者で確認されています (Moseley et al., J Head Trauma Rehabil 2004)。

まとめ

10m歩行テストの結果は、患者のリハビリテーション目標の設定、治療介入の計画、および治療成果の評価に直接的な影響を与えます。歩行速度の改善は、患者の生活の質の向上と密接に関連しており、リハビリテーションの成功を示す重要な指標となります。

10m歩行テストは、簡便に評価できるためいくつかのガイドラインでも推奨されています。その信頼性と妥当性に基づき、患者の歩行能力を評価する際の重要なツールです。一方で評価の信頼性や妥当性も調べられていますが、疾患ごとに偏りがあるようです。このテストを適切に実施し、結果を正確に解釈することで、患者の治療計画とリハビリテーションの進捗を最適化することができます。

国内国外問わず、いくつかの研究によって10m歩行のカットオフ値(基準値)が求められています。これらのカットオフ値は対象の属性(年齢,罹患疾患,障害の重症度など)が研究された対象と同様でないと転用することはできません

他研究によるカットオフ値を活用される際は十分に注意して下さい。

Charcot(@StudyCH)でした。All the best。


評価の特徴や方法(評価指標一覧)