この記事では肩関節の安定に作用すると言われる回旋筋腱板(かいせんきんけんばん,Rotator cuff)の機能と役割について,それを構成する各筋(棘上筋,棘下筋,小円筋,肩甲下筋)に分けて説明したいと思います。また記事の最後に,回旋筋腱板が肩甲上腕関節の動的安定性に影響していると考えられている理由についても説明します。
棘上筋 Suprapinatus
棘上筋は回旋筋腱板(以下腱板とします)を構成している筋群のなかでも最も浅層に位置する筋です。棘上筋の上層には,肩峰下滑液包,烏口肩峰靭帯,三角筋および肩峰が位置しています。以下に,棘上筋の起始,停止,神経支配および作用をまとめます。
起始:棘上窩の内側2/3と肩甲棘上面
停止:上腕骨大結節の上面と肩甲上腕関節の関節包
神経支配:肩甲上神経(C5,C6)
作用:肩関節外転,外旋,内旋,肩甲上腕関節の安定化
主な作用は肩関節の外転ですが,棘上筋が全く作用しない(神経ブロックで弛緩させた,あるいは断裂した)状態であっても,三角筋の作用だけで肩関節の外転を行えることが分かっています。ただし,当然,そのような状態であれば外転筋力は低下します。
棘上筋には,肩関節の安定性,特に肩甲上腕関節の下方安定性に関与するという考え方もあります。例えば,脳卒中患者には,麻痺側肩甲上腕関節の下方亜脱臼がしばしばみられます。このような亜脱臼を伴っている患者のほとんどで,棘上筋を含めた肩関節周囲筋群の筋力低下がみられます。
棘上筋の起始と停止をみると,上腕骨頭を関節窩に引き寄せる(内側に引っ張る)ようにも作用しそうですから,下方安定性にも影響しそうなものです。しかし残念ながらこの作用についてはまだはっきりとは分かってないため,今後,運動学的な基礎研究,あるいは棘上筋トレーニングの有用性の検討などで,エビデンスを蓄積していく必要があるようです。
棘上筋の起始と停止をみると,上腕骨頭を関節窩に引き寄せる(内側に引っ張る)ようにも作用しそうですから,下方安定性にも影響しそうなものです。しかし残念ながらこの作用についてはまだはっきりとは分かってないため,今後,運動学的な基礎研究,あるいは棘上筋トレーニングの有用性の検討などで,エビデンスを蓄積していく必要があるようです。
筋電図で分かること①
筋の作用を知りたい場合,三次元動作解析に合わせて,筋電図を記録することが一般的です。簡単に言ってしまえば,筋電図は,ある運動を行った時の筋の活動といえます。棘上筋についても当然,筋電図を用いた検討がなされています。
それら研究によると,棘上筋は肩関節の挙上運動の全域にわたって筋活動がみとめられるそうです。ただ残念なことにこの事実だけでは,棘上筋が肩関節を挙上させることに積極的に働いているのか,あるいは肩関節を動的に安定化させるために働いているのか,はっきりと分からないのです(おそらく,どちらの作用も働いており,関節角度に応じてその割合が異なると考えられるのですが…)。
この件について,最近,面白い研究をみつけました。その話しは「筋電図で分かること②」に続きます。
棘下筋 Infraspinatus
棘下筋は2つないし3つの筋腹からなる腱板の中では比較的大きな筋です。以下に,棘下筋の起始,停止,神経支配および作用をまとめます。
起始:棘下窩の内側2/3と棘下筋膜
停止:上腕骨大結節の中央部と肩甲上腕関節の関節包
神経支配:肩甲上神経 (C5,C6)
作用:肩関節外旋,水平外転,外転,肩甲上腕関節の安定化
主な作用は肩関節の外旋です。肩甲骨の広範囲に停止していることからも,外旋筋力を生み出す主動作筋と考えて間違いなさそうです。
肩関節の安定化についてはどうでしょうか。棘上筋に輪をかけて棘下筋の肩関節安定性に関与するメカニズムは分かっていないようです。ただ,棘上筋同様に,上腕骨頭を内側に引っ張る力はありそうなので,その機能があるようにも思えます。棘下筋のみに言えることではありませんが,単独で筋力低下をおこす場面は少なく,他の腱板構成筋とともに筋力低下することから,各筋の協調によって肩関節の安定性を保っていると考えられます。
小円筋 Teres Minor
小円筋は腱板構成筋のなかでも,最も小さい筋です。以下に,小円筋の起始,停止,神経支配および作用をまとめます。
起始:肩甲骨背面の外上方2/3(棘下筋の外側)
停止:上腕骨大結節の下方とその遠位の上腕骨体
神経支配:腋下神経(C5,C6)
作用:肩関節外旋,内転,肩甲上腕関節の安定化
主な作用は肩関節の外旋ですが,なにぶん生理学的断面積が小さい筋のため,わずかな外旋モーメントしか生み出せません。
肩関節外旋において補助的に作用しているとなると,他の主な役割がありそうです。おそらく,肩関節の安定性に作用していると考えられています。
筋電図で分かること②
最近,回旋筋腱板が肩関節の安定性にあまり関与していないのではないか (正確にいうと,関与していない筋もあるのではないか) ということを主張する論文がでてきました (Tardo et al., Clin Anat 26 2013 236-243.)。
この研究は,上腕を支えた時(100%支持,50%支持)と支えていない時で肩関節90度外転位からの外旋運動を行わせ,腱板の筋群の活動を表面筋電図で記録したものです。結果は,棘下筋がサポートを減らしても活動の増加がみられなかったが,棘上筋は活動が増加したとのことです。著者らは,棘下筋が主に外旋運動に作用しており,棘上筋は肩関節の安定化に作用していると考えているようです。
面白い研究だと思いましたが,残念なことに問題点が多すぎます。先ずは表面筋電図による記録。腱板構成筋はどれも深層に位置する筋群です。表面筋電図では浅層にある筋群,あるいは近隣する筋群の活動ももれなく記録してしまいます。通常,こういった深層の筋に対してはワイヤー電極といって深部にワイヤーを刺入して筋電図を記録するといった方法がとられます。
もう一点,肩関節の安定性について論じるのであれば,やはり実際の上腕骨頭と関節窩の位置関係を客観的に表すべきでした。腱板は各筋の協調作用で肩関節を安定化させていると考えられます。力ではなく活動をとらえているにすぎない筋電図のみでは,その微妙な力学的バランスを述べることができないと思います。腱板の肩関節安定化への関与について詳細が分かるようになるには,もう少し時間が必要なようです。
肩甲下筋 Subscapularis
肩甲下筋は腱板構成筋のなかで最も大きな筋です。以下に,小円筋の起始,停止,神経支配および作用をまとめます。
起始:肩甲下窩,肩甲骨の腹外側縁,腹側を覆う腱膜
停止:上腕骨小結節,肩甲上腕関節関節包の上面
神経支配:肩甲上・下神経(C5,C6,稀にC7)
作用:肩関節内旋,外転,内転,肩甲上腕関節の安定化
主な作用は肩関節の内旋です。筋の大きさ,肩甲骨の広範囲に起始していることからも内旋の主動作筋でコンセンサス(専門家の一定見解)が得られています。
肩甲下筋の筋力低下があると,肩関節を外旋させると肩甲上腕関節の亜脱臼が生じることから,肩関節の安定性に重要な筋であると考えられています。
肩甲上腕関節を安定させている回旋筋腱板
これまで各筋の機能と役割を説明してきましたが,起始や停止から導きだされる力学的作用,筋電図を用いた研究結果などでは回旋筋腱板が肩甲上腕関節の動的安定性に関与しているかははっきりと分かりません。それでは,なぜ回旋筋腱板が動的安定性に関与していると考えられているのでしょうか。
実は,回旋筋腱板が働かない状況,つまり筋を除いた肩甲上腕関節の構造では,運動によって生じる大きな力に抗して関節を安定させる機能がないことが分かっています(→ 肩甲上腕関節の支持機構)。それを裏付けるように,回旋筋腱板の一部,あるいは全てが機能不全に陥ると比較的容易に肩甲上腕関節は亜脱臼してしまいます。
これら事実から回旋筋腱板が肩甲上腕関節の動的安定性に関与していることは確かですが,各筋がどのような運動のさいに,どのように協調して安定性を保っているかについてまだまだ分からないことも多いです。今後の研究に期待したいところです。
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