
脊髄の右半分だけが傷つくと、奇妙なことが起こります。右脚は動かないのに痛みは感じ、左脚は自由に動くのに、つねられても痛みを感じないのです。この一見ちぐはぐな症状の組み合わせは、19世紀の生理学者ブラウン=セカールの名をとって、ブラウン=セカール症候群と呼ばれています。なぜ症状が左右に分かれるのか。その答えは、体の感覚が脳へ上っていく道筋、上行性伝導路にあります。
上行性伝導路の要点
- 後索-内側毛帯路:識別性の触覚、振動覚、位置覚を伝える。延髄で交叉し、視床(後外側腹側核)を経て大脳皮質へ
- 脊髄視床路:痛覚、温度覚、粗大な触覚を伝える。脊髄で交叉し、視床を経て大脳皮質へ
- 三叉神経視床路:顔の感覚を伝える。脳幹で交叉し、視床(後内側腹側核)を経て大脳皮質へ
- 脊髄小脳路:意識にのぼらない深部感覚を、視床を通らずに主に同じ側の小脳へ伝える
後索-内側毛帯路と脊髄視床路は交叉する高さが違うため、脊髄の片側が傷つくと、感覚障害が左右に分かれて現れます。
モーリシャス島生まれの生理学者が示した「交叉」
シャルル=エドゥアール・ブラウン=セカール(1817〜1894)は、インド洋のモーリシャス島で生まれました。アメリカ人の父とフランス人の母の名字を合わせたのが、その名前です。パリで医学を学び、脊髄の生理学で博士論文を書いた彼は、生涯に大西洋を60回も往復しながら、アメリカやイギリスなど各地で研究を続けました。1855年には、勤めていたアメリカ・リッチモンドの医科大学で、脊髄の伝導路についての研究書を出版しています。
ブラウン=セカールは、動物の実験と患者の観察から、感覚を伝える道筋が脊髄の中で反対側へ交叉していることを示し、脊髄の片側が傷ついたときの症状を詳しく記載しました。この症候群に彼の名が残っているのはそのためです。では、感覚の道筋は、どこでどのように交叉しているのでしょうか。
感覚は3つのニューロンをリレーして大脳へ届く
体の感覚(体性感覚)は、皮膚や筋、関節にある受容器でとらえられます。触覚や振動を感じるマイスネル小体やパチニ小体、筋の長さを感じる筋紡錘、痛みを感じる自由神経終末(侵害受容器)などです。
受容器からの情報は、基本的に3つのニューロンのリレーで大脳皮質に届きます。1つ目のニューロンは、脊髄の外にある後根神経節に細胞体があり、後根から脊髄に入ります。2つ目のニューロンは、脊髄または延髄から出発して反対側に交叉し、視床まで上ります。3つ目のニューロンが、視床から大脳皮質の中心後回(一次体性感覚野)に情報を届けます。主な2つの経路は、2つ目のニューロンが脊髄から出るか、延髄から出るか、つまりどの高さで反対側へ渡るかで分かれます。

図1 後索-内側毛帯路と脊髄視床路の比較。どちらも最後は反対側の大脳に届くが、交叉する高さが違う(●はニューロンを乗り換える場所)
触覚と位置覚の道:延髄まで同じ側を上る
識別性の触覚(触れた場所や形がわかる感覚)、振動覚、位置覚(関節の位置や動きの感覚)は、後索-内側毛帯路を通ります。後根から脊髄に入った線維は、脊髄ではニューロンを乗り換えず、同じ側の後索をそのまま上ります。下半身からの線維は内側の薄束を、上半身からの線維は外側の楔状束を通ります。延髄の薄束核と楔状束核で2つ目のニューロンに乗り換えたところで、ようやく反対側に交叉し、内側毛帯となって視床の後外側腹側核(VPL核)に向かいます。識別性の触覚を調べる検査の一つが「二点識別覚」です。
この道が損なわれると、目を閉じたときに思わぬことが起こります。19世紀前半、マーシャル・ホールやロンベルグ、ブラッハといったヨーロッパの医師たちが、深部感覚がひどく損なわれた患者は暗い所で姿勢を保てなくなることを記載しました。ロンベルグとブラッハは、この徴候と、後索が侵される脊髄癆との関係を強調しています。いまではロンベルグ徴候と呼ばれますが、19世紀後半の神経学者のあいだでは、ロンベルグの名で呼ばれることもあれば、ブラッハとロンベルグの二人の名で呼ばれることも、名前抜きで語られることもありました。
たとえば、後索が障害された人に、両足をそろえて立ってもらうとします。目を開けているあいだは、目で見た情報で体の傾きを補えるので立っていられます。ところが目を閉じると、足の位置や体の傾きがわからなくなり、大きくふらつきます。小脳の障害によるふらつきは目を開けていても起こるので、目を閉じたときに急に悪くなるかどうかが、両者を見分ける手がかりになります。
痛みと温度の道:脊髄に入ってすぐ反対側へ
痛覚、温度覚、粗大な触覚は、脊髄視床路を通ります。後根から入った線維は、脊髄の後角ですぐに2つ目のニューロンに乗り換えます。2つ目のニューロンの線維は、入った高さから1〜2髄節上がるあいだに脊髄の中で反対側へ交叉し、前側索を上って視床に向かいます。後索-内側毛帯路が延髄まで同じ側を上るのに対し、脊髄視床路は脊髄に入ってすぐ反対側に移る。この違いが、脊髄の片側が傷ついたときに症状が左右に分かれる理由になります。
痛みの情報は、後角で乗り換える段階で強められたり弱められたりします。この仕組みの代表的な説明が「ゲートコントロール説」です。また、痛みの情報の一部は脊髄網様体路を通って脳幹の網様体にも送られ、覚醒や情動、自律神経の反応にかかわります。
顔の感覚は三叉神経が運ぶ
顔や口の中、舌の前方の感覚は、脊髄ではなく脳神経である三叉神経が伝えます。触覚は脳幹の三叉神経主感覚核で、痛覚と温度覚は三叉神経脊髄路核でそれぞれ2つ目のニューロンに乗り換え、反対側に交叉して視床の後内側腹側核(VPM核)に向かいます(三叉神経視床路)。体からの感覚が視床の後外側腹側核に、顔からの感覚が後内側腹側核に届くと覚えておくと整理しやすくなります。
意識にのぼらない感覚は小脳へ
筋紡錘やゴルジ腱器官からの深部感覚の一部は、視床を通らずに小脳へ送られます。この情報は意識にはのぼらず、小脳が姿勢や運動を滑らかに調節するために使われます。小脳は体の同じ側の運動を調節しているので、脊髄小脳路の情報も最終的には同じ側の小脳に届きます。
| 経路 | 体の部位 | 交叉 |
|---|---|---|
| 後脊髄小脳路 | 下肢 | 交叉しない |
| 楔状束小脳路 | 上肢 | 交叉しない |
| 前脊髄小脳路 | 下肢 | 脊髄で交叉し、小脳に入るところで再び交叉する(結果として同じ側) |
| 吻側脊髄小脳路 | 上肢 | 交叉しない |
筋紡錘が筋の伸びをとらえる仕組みは「伸張反射」で、ゴルジ腱器官が筋の力を刻々と伝える仕組みは「ゴルジ腱器官とIb抑制」で解説しています。
症状はなぜ左右に分かれるのか
交叉する高さの違いを知っていれば、ブラウン=セカール症候群のちぐはぐな症状は、筋道立てて説明できます。
たとえば、事故で胸髄の右半分だけが傷ついたとします(脊髄半側損傷)。傷ついた高さより下では、右脚に運動麻痺が起こり、位置覚や振動覚もわからなくなります。運動の指令を伝える皮質脊髄路と後索は、この高さではどちらも右脚と同じ右側を通っているからです。一方、左脚では痛みと温度がわからなくなります。左脚からの痛覚と温度覚の線維は、脊髄に入ってすぐ交叉し、右側の前側索を上っているからです。こうして、右脚は動かないのに痛みは感じ、左脚は動くのに痛みを感じないという症状が生まれます。
もう一つの例が脊髄空洞症です。脊髄の中心に空洞ができると、中心のすぐ前で交叉する脊髄視床路の線維が両側とも傷つきます。その結果、空洞がある髄節の範囲で、左右両側の痛覚と温度覚がわからなくなる一方、後索を通る触覚や位置覚は保たれます(解離性感覚障害)。頸髄に空洞ができると、肩から腕にかけてケープをはおったような範囲で痛みや熱さを感じにくくなり、気づかないうちにやけどをすることがあります。
運動の指令を脳から筋へ伝える経路は「運動の下行性伝導路」で解説しています。
まとめ
体性感覚は、受容器から3つのニューロンをリレーして大脳皮質に届きます。触覚・振動覚・位置覚は後索を同じ側で上って延髄で交叉し、痛覚・温度覚は脊髄に入ってすぐ交叉して反対側を上ります。ブラウン=セカールが19世紀に示したこの交叉の違いを押さえておくと、脊髄半側損傷や脊髄空洞症で感覚障害が特徴的なかたちで現れる理由を説明できます。
さらに学びたい人へ:おすすめの本
- 『生理学 第3版(カラーイラストで学ぶ 集中講義)』(メジカルビュー社):イラストを多く使い、生理学の要点を学生向けに平易にまとめた教科書です。伝導路の全体像をまずつかみたい人に向いています。
- 『標準生理学 第10版』(医学書院):40年にわたって版を重ねてきた、日本語で書かれた生理学の教科書です。記述が詳しく、感覚の伝わり方を根本から調べたいときに頼れます。
- 『カンデル神経科学 第2版』(メディカル・サイエンス・インターナショナル):神経科学の世界的な教科書の邦訳(原著第6版)です。体性感覚の受容から大脳皮質での処理まで、詳しく学べます。
参考文献
- Calas A. [An inspired and wandering researcher: Charles-Édouard Brown-Séquard (1817-1894)]. Biol Aujourdhui. 2026;220(1-2):25-34. doi:10.1051/jbio/2026004
- Watson JC, Ho SV. Charles Edouard Brown-Séquard's departure from the Medical College of Virginia: incompatible science or incompatible social views in pre-Civil War southern United States. World Neurosurg. 2011;75(5-6):750-753. doi:10.1016/j.wneu.2010.12.008
- Lanska DJ, Goetz CG. Romberg's sign: development, adoption, and adaptation in the 19th century. Neurology. 2000;55(8):1201-1206. doi:10.1212/wnl.55.8.1201

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